2013年05月09日

「落ち込む」のを選択した!


グラッサーは,ある日妻に突然去られて,落ち込むクライアントに,

奥さんが家を出てから,あなたは家にいて座ったままで,仕事に行かないという選択をしているわけですね

そして,

今日ここにくる選択をしましたよね。

と。ここに選択理論の中核がある。

彼は,自分の感じているみじめさを選んでいる。

すべては,自分が選択したということ,そしてその選択には意味がある,ということである。こういう場合,多くの古臭いセラピストは,感情を問題にするだろう。もっと古臭いセラピストは,過去に原因を探ろうとするだろう。しかしすでにE・F・ロフタフたちが明らかにしたように,記憶はうそをつく。書き換えられる。おおくの幼児虐待の記憶,性的虐待の記憶は,セラピストの問いによって,つくられた物語であることは明らかにされた。

過去はいまの状況がつくる物語に過ぎない。生い立ちや母子関係に原因を探っても,現状は動かせない。今落ち込んでいるのは,過去のせいではなく,いまの自分だからだ。感情を探ることも,あまり意味がない。感情は,たとえば,脳卒中で倒れた脳科学者テイラーが,

わたしは,反応能力を,「感覚系を通って入ってくるあらゆる刺激に対してどう反応するかを選ぶ能力」と定義します。自発的に引き起こされる(感情を司る)大脳辺縁系のプログラムが存在しますが,このプログラムの一つが誘発されて,化学物質が体内に満ちわたり,そして血液からその痕跡が消えるまで,すべてが90秒以内に終わります。

脳の化学的・生理的反応は90秒で終わるのである。

通常無意識で反応しているのを意識的に,90秒を目安に,自分で選択できるということです。例えば,90秒過ぎても怒りが続いていたとしたら,それはそれが機能するよう自分が選択し続けているだけのことだ,というわけです。

つまり,その感情を選択しているのである。なのに,その感情を取り出し注目すれば,ますますその感情にのめり込むことを選択し続けるだけだ。あるいはその感情と自慰しているに等しい。

そこから抜け出すには,3つの選択肢しかない,とグラッサーは言う。

①自分の求めているものを変える
②自分のしていることを変える
③両方を変える

上記のクライアントの例に即せば,

①妻への要求を変える
②妻に対して行っていることを変える

となる。そして,グラッサーは,

落ち込みを選択するということは,落ち込みがどれほど長引いても,精神病ではない。すべての行動と同様,これも選択なのだ。歩いたり,話したりするような直接の選択ではないが,全行動の概念を理解すれば,全ての感情は,快感であれ,苦痛であれ,間接的な選択であることがわかってくる。

として,全行動をこう説明する。

私の辞書によると,行動とは,体を動かし,何かをすることである。…選択理論の観点から言うと,体の動かし方が重要である。体を動かす方法には四つの不可分の要素がある。第一に行為。行動について考えるときに,ほとんどの人が歩く,話す,食べる,などの行為を考える。第二に思考。私たちはいつも何かを考えている。第三の要素は感情。私たちが行動するとき,いつも何かを感じている。第四は生理反応。何かをしているときにいつも生理反応が伴っている。例えば,心臓の鼓動,肺の呼吸,脳の働きに関係のある神経化学物質の変化。

行動するときこの四つが同時に機能している。そして,

あなたが全行動を選択するとき,常に四つの構成要素すべてが関与しているが,直接コントロールできるのは行為と思考だけである。

先のクライアントが選択したのは,落ち込の行為と思考なのである。そして,これを選択することで,他の選択肢を無意識で抑圧していることになる。

第一は,怒りである。落ち込むことで,相手への怒りが抑制されている。
第二は,人にお願いせずに,援助を求める方法になっている。
第三は,したいこと,恐れていることをしない言い訳にしている。

落ち込み,引き籠らせることで,激しい怒りに駆られて,妻を探し出し,強引に連れ戻そうとしたり,自暴自棄の行動を取ったりという他の選択肢をしないようにさせたということができる。

このバックボーにあるのは,人をコントロールすることではなく,自分をコントロールするという視点,自分の責任のとれることを自分でする,という視点だ。

何事でも自分にしてもらいことは,ほかの人にもそのようにしなさい。(マタイ伝)

孔子も同じことを言っている。

子貢問いて曰く,一言にして以って身を終うるまでこれを行うべき者ありや。子曰く,それ恕か。己の欲せざる所を人に施す勿れ。

記憶が不確かだが,ミルトン・エリクソンが,オネショの子に,あえて「今日はオネショをする日」と決めさせたことがあったと思う。それは,オネショが外的なものではなく,自分でコントロールできるものだということを,体得させていくことだったように思うが,それと同じことだ。

だとすると,まずは落ち込むことで,より悪い事態になるのを防ごうとする選択をしたのだ,とみなすと,次にすることは,自分自身の中で,

次に何をするつもりですか,

と問いかける。そこには,

①自分の求めているものを変える
②自分のしていることを変える
③両方を変える

の選択肢がある。何かをする,いつものやり方を変える,いつもと違う肯定的なことをする等々。ソリューションフォーカスト・アプローチの,

もしうまくいっていないのであれば,何でもいいから,(いつもと)違うことをせよ,

という原則が生きるかもしれない。グラッサーは言う。

私たちは,相と所属,力,自由,そして楽しみという四つの心理的欲求を満足させるように遺伝子によってプログラムされていると,私は信じている。すべての行動は選択時点では最善の選択であり,四つの欲求を満たすためのものである。


参考文献;
ウイリアム・グラッサー『選択理論』(アチーブメント出版)
ロバート・ウォボルディング『リアリティ・セラピー』(アチーブメント出版)
E・F・ロフタフ&K・ケッチャム『抑圧された記憶の神話』(誠信書房)
E・F・ロフタフ『目撃者の証言』(誠信書房)
ジル・ボルト・テイラー『奇跡の脳』(新潮文庫)
貝塚茂樹訳注『論語』(中公文庫)


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posted by Toshi at 05:58
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