2013年07月17日

ホミニンの旅


アリス・ロバーツ『人類20万年 遥かな旅路』を読む。

BBCのドキュメンタリーの書籍化ということを,購入してから知ったが,独立したものとして読んでも十分(というかEテレでの放送を観たが,本の方がはるかに突っ込んでいた),人類の系譜をたどる道が,シンプルではなく,いまだ論争の続いている領域であることが,よくわかって,面白い。特に,考古学者たちが,現場に立って,自説を語るところは,正解はないとはいえ,人の持つ先入観の強さを感じさせて,いろいろ考えさせられる。

著者は言う。

現生人類(ホモ・サピエンス)は,二足歩行する類人猿の,長い系譜の最後に遺された種で,「ヒト族(ホミニン)」に属する。…時をさかのぼれば,ホミニンの系統樹には多様な枝が茂り,同じ時代に複数の種が存在することも珍しくなかった。だが,三万年前までに,その枝はわずか二本を残すのみとなった。現生人類と,近い親戚のネアンデルタール人である。そして今日,私たちだけが残った。

そして,

奇妙に思えるかもしれないが,ホミニンが何種いたのかは,まだわかっていない。

とも。

600万年ほど前に,人類の祖先である猿人が類人猿とわかれて以来,200万年前に,ホモ・ハビリス(器用な人)が石器を使うようになり,ホモ・エレクトス(立つヒト)の時代に,第一次出アフリカが行われたとされる。100万年前には,ホモ・エレクトスはジャワ島や中国に達していた(ジャワ原人,北京原人)。60万年前,ホモ・エレクトスの系譜からホモ・ハイデルベルゲンシスがわかれ,30万年前,ヨーロッパに移住したホモ・ハイデルベルゲンシスから,ネアンデルタール人(ホモ・ネアンデルタレンシス)が生まれた。

一方現生人類(ホモ・サピエンス)は,20万年前,アフリカに残った集団(ホモ・ハイデルベルゲンシス)から生まれ,地球全体に広がっていった。これを「アフリカ単一起源説」というが,ホモ・エレクトスやホモ・ハイデルベルゲンシスなどの古代種が,各地に拡散した後,それらの地域で現生人類に「進化」したとする「多地域進化説」もある。北京原人の研究者は,北京原人(ホモ・エレクトス)が直接中国人に進化したと主張している。

しかしDNAのmtDNA(ミトコンドリアDNA)によって,母方をたどっていくことができる。それによると,20万年前にアフリカにいた一人の女性に始まる,ということが明らかにされている。それを,「ミトコンドリア・イブ」あるいは「アフリカのイブ」と名づけられている。

だが,なぜ,その女性がアフリカにいたと言えるのだろう。それは,系統樹の枝が最も込み入っている部分,言い換えれば,mtDNAが最も多様な地域がアフリカにあるからだ。証拠となるのはmtDNAだけではない。Y染色体を含め,他の染色体の遺伝子も,アジアやヨーロッパに比べて,アフリカの人々の遺伝子のほうが多様なのだ。そうした遺伝的多様性のすべてが,アフリカがホモ・サピエンスの故郷であることを語っている。なぜなら,どこよりも多様な枝が茂ったのは,変異を起こすための年月がたっぷりあったからで,それはアフリカに他のどこよりも昔から人類が暮らしていたからなのだ。

現生人類最初の化石は,エチオピア・オモで見つかった。19万5000年前と結論付けられている。

ではいつ,現生人類は,出アフリカをしたのか。

遺伝子的には,mtDNAの系統樹から,アフリカから出る旅は,一度だけだった可能性が高い,そう遺伝子学者は言っている。

アフリカ外の人類は全員,約8万4000年前後にアフリカで生まれたL3と呼ばれる系統につながっている。L3の「娘」である「ハプログループ」MとNは,およそ七万年前に現れた。Mの系統が最も多様に枝を茂らせているのは南アジアで,それはこの「ハプログループ」が南アジアで生まれたことを示唆している。Mの枝の一つであるM1は南アフリカで見つかっているが,それは最終氷期極相期が終わった後に,外からアフリカにもどった集団だと考えられている。一方,Nの系譜はほぼすべてがアフリカの外にある。…このパターンを見たまま説明すれば,約8万5000年前から6万5000年前のある時期に,L3の枝の一本がアフリカから出て,その後,インド亜大陸あたりでNとMが芽を出した,と言えるのだろう。そして,ヨーロッパに現れた最初の現生人類は,北アフリカからレヴァント地方を通ってやってきたのではなく,インド亜大陸に定住した集団の一部が,西へ流れてきたことになる。

もちろん遺伝子でわかることは,系譜であって,具体的にどれだけが,どういうふうにたどって,地球上にちらばっていったかまではわからない。

だから,考古学が必死で発掘し続けている。しかし,

現生人類が移動した道筋をたどっていくのは難しい。後期旧石器時代,後期石器時代より前の時代の道具は,現生人類が作ったのか,それともネアンデルタール人など他の旧人類が作ったのか,判別しにくい。

しかも,頭骨の形状分析は,難しい。集団間で異なるだけではなく,個体間でも異なり,さらに,個体間の違いが集団間の違いよりも,大きかったりする。

著者は,アフリカから,インド,インドネシア,オーストラリア,東アジア,ヨーロッパ,アメリカと人類の拡散していった道筋を,考古学者を尋ねながら,辿っていく。

著者と明らかに違う見解も,たぶんテレビのドキュメンタリーだからだろうか,きちんと言い分を聞き,その反論を,別の考古学者にさせる。ホモ・エレクトスの地域進化したのが中国人だという説には,上海の遺伝学者に批判させる。

遺伝的証拠は,アフリカ単一起源説が正しいことを示しているのです。地域連続説は間違っていたのです。

と言わせている。そして著者は,こう付け加える。

タイやカンボジアなど,アジアでも南方の人々のY染色体の方がより多様であることは,人類が最初にその一帯に移住し,それから北へ広がっていったことを語っている。そしてY染色体の系統樹は,人類が東アジアに入ってきた時期は,六万年前から2万5000年前のいつかであることを示唆している。mtDNAも南方の人ほど多様であり,移住が南から始まり,北へ広がっていったことを支持している。

我々が皆,アフリカのイブの子孫である,ということは,

わたしたちは皆アフリカ人なのだ。

という著者のメッセージは,その言葉通りに受け取らなくてはならない。


参考文献;
アリス・ロバーツ『人類20万年 遥かな旅路』(文藝春秋)
池内了『科学の限界』(ちくま新書)


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm

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posted by Toshi at 04:56
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