2013年11月13日

コミュニティ



JCAKファウンデーション講座第5回「コミュニティ」に参加してきた。

コミュニティという言葉はなじみが少なく,フェイスブックなどのSNSでは,同じ趣味・目的の下に形成される集まりをコミュニティと称しているので,更に紛らわしい。

共同体と訳されているが,英語で,「共同体」を意味する語に由来しており,

同じ地域に居住して利害を共にし,政治・経済・風俗などにおいて深く結びついている人々の集まり,地域共同体。転じて国際的な連帯やインターネット上の集まりなども「コミュニティ」と呼ばれる。

とされている。瞬間に浮かんだのは,例の,社会学で学んだ,ゲマインシャフト(Gemeinschaft)と,ゲゼルシャフトGesellschaft)。前者が,

ドイツ語で,「共同体」を意味する語に由来して,地縁,血縁,友情などにより自然発生した有機的な社会集団のこと,

とされ,コミュニティに近い。後者は,

機能体組織,利益組織。ゲマインシャフトの対概念。いわば,会社組織や団体をイメージしていい。

なぜこれにこだわったかというと,いまの自分をつくりあげてきたコミュニティを拾い上げていくとき,

どの範囲まで拾い上げるか,その境界線をどこにおくか,

が意識されたからだが,あまり厳密に考えず,自分が意識的に選択したか,選択できなかったかは別に,そこで自分が様々な人と,どう関わりあい,どんな影響を受け,それがどう自分の中に生きているかを,僕は,

集団としてよりは場として,

点検してみることにした。

なぜなら,どのコミュニティに所属したところで,自分にとっては,人と人との関わりは,清水博さんの言われる,「自己の卵モデル」で言う,

白身と白身の接触

であり,その接触が,鍋の中であれ,丼の中であれ,同じだからだ。ただ場については,別に触れたことがある。

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11007605.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11189806.html

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11098267.html

それと重ならないように,この場で考えたことを,まとめてみた。

まず過去,どんなグループ,集団,団体とかかわり,どんな影響を受けたか,

それが,自分のリソースとして何を得たか,

そこから自分の対人スタイルが生まれているか,

等々を振り返って気づいたことは,高校までは,高1のほんの一時期演劇部にいただけで,遊び仲間というのを別にすると,ほとんど家族以外のサークルやグループに関わっていなかったことに気づく。そういう意味で,自分の中でまず浮上するのは,大学時代のサークル活動で,それについては,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11056480.html

で,それに触れた。そこで触れたこと以外で言うと,チームを組んで,地方へ出かけるが,チームワーク,あるいはチームのリーダーシップがうまく働かないと,緊張感のない凡ミスが頻発し,地元の方とのトラブルまで発生し,さんざんなめにあったことを思い出した。

それは別の言い方をすると,信頼関係で,それがあると,互いに相手に気配りし,相手の迷惑にならないように,気を張る。それがないところでは,弛み切って,作業が流れ,ろくなことにならない。

もうひとつは,足かけ20年在席した会社での,編集・企画という仕事だ。毎週少ない人数で,例会と称する会員向け(会員無料の)セミナーを開いていて,毎週人が来るか来ないか,企画力を試される修羅場(全く人が来ないということはないが)を踏んできた。結果が,その場ででるだけに,冷や汗もののことは結構あった。

つくづく,そこで,編集というのが,情報の編集であり,それが情報を読むことなのだ,ということを教わった。情報を読んで,仮説を立て,企画を立てる,その是非が,すぐに検証される,という連続である。考えると,いまの自分の発想の原型を創り出す場であったといえる。そのときの上司はすでに亡くなったが,同僚とはいまも付き合いがある。その意味では,自分というもののコアになる,仕事の仕方,ものの考え方,ものをつくりあげていくノウハウを学んだ場であった。

不思議なことに,いまでも,ときどき夢を見る。それが,あの会社のフロアで,いまではつきあいのない何人かが,夢の中で,いま,ここで,のように,自分と何かをやり取りしている。僕の意識しないところで,深い影響を与えているに違いない。

思うにこの二つが,他にあったかもしれないコミュニティとのかかわりの中で,群を抜いて,僕がコミットメントしたということなのだ。それが自分自身に反照している。

過去は,大きくは,この二つだ。そのときの人との関わりが,今の自分を作っているし,その後も結構影響を与えていると,感じることが多い。

次は,現在のコミュニティとの関わりだが,一人になって20年以上,かっこよく言えば,孤立して,一匹狼でやって来たので,つい最近まで,団体とのかかわりは,担当者との点と点の,ビジネスライクなかかわりばかりであった。よく考えれば,20年以上たったひとりで考え,たった一人でつくり上げるという,いってみると遠回りの仕事の仕方をしていたように思う。

たぶん,人と一緒にやれば,不足を補いあい,相乗効果を発揮して,もっと大きな仕事ができたのかもしれないが,性分としては,仕事は,一人の脳で勝負と思っているので,まあ,誰の助けもいらない(とまでは言わないが)というかなしでコツコツ考えて,人と違うことを「そっと」アピールするのが,これまでやって来たことだ。

http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/

98時代から,コツコツ作り上げてきたホームページがその象徴かもしれない。

だから,いまのコミュニティとのかかわりは,いままで続いている友人関係をのぞくと,ほとんどフェイスブックで最近関わったコミュニティばかりだ。そして,その面白いところは,点と点で関わりながら,その背後のその人物の背負っているものと向き合うことだ。それがあわなければ,一回限りだし,ちょっとシンクロすれば,少し続く,そして,昔なら考えられない幅広い世界の人との関わりができている。

まあ,今は,それを楽しんでいる。それ以上に,自分がそこに首を突っ込むだけの気概と元気は,もうない。

では未来のコミュニティとはどんな関わりをしたいか,どんなコミュニティと関わりたいか,が最後のワークだったが,僕には,そんなに長い時間が残されてはいない。

その意味では,逆にどんなコミュニティに出会えるかを楽しみに,関わりの触手を伸ばし続けてみたい,と思う。そこで新たな出会いが,自分の中の残された伸び白を引き出し,それを顕在化してくれたら,それはそれで面白いではないか。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm





#コミュニティ
#清水博
#自己の卵モデル
#仮説

posted by Toshi at 06:30
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