2014年01月10日

天命



天のことについては,

http://blogs.dion.ne.jp/ppnet/archives/11276568.html

で触れたように,

死生命有
富貴天に在り(『論語』)

でいう,天には,「生き死にの定め」「天の与えた運命」の二つが並列されている。

つまり,天命には,二つの意味があり,一つは,天の与えた使命,

五十にして天命を知る

の天命である。いまひとつは,天寿と言う場合のように,「死生命有」の寿命である。だから不慮や非業の死は非命という。

しかし,いまひとつ,

彼を是とし又此れを非とすれば,是非一方に偏す
姑(しばら)く是非の心を置け,心虚なれば即ち天を見る(横井小楠)

で言う「天理」のことでもある,と。

天命で,よく知られていることわざは,

人事をを尽くして天命を待つ,

であるが,これだと,これだけやったんだから,どうだ,という褒美を当てにしているようなニュアンスがなくもない。そのせいか,神田橋條治さんは,

天命を信じて人事を尽くす,

と逆転した言いようを,紹介されていた。これだと,おのれの使命にしろ,天理にしろ,を信じて,やれるだけのことをやる,というニュアンスに変わる。

しかし,清澤満之は,これを,

天命を安んじて人事尽くす,

と言った。微妙に意味が変わる。

「安んずる」とは,

安心するという意味もあるが,

それに満足して不満に思わない,甘んずる,

という意味がある。あるいは,もう少し踏み込むと,

受け入れる,

あるいは,

引き受ける,

というニュアンスになる。さらに少し踏み込むと,

甘受する,

となる。

そこには,成果や成功とは関係なく,苦難や困難の意味合いが深く出てくる。それでも,それを引き受けて,人事を尽くす,と。

清澤は,言う。

請うなかれ。求むるなかれ。なんじ何の不足かある。もし不足ありと思はば。これなんじの不信にあらずや。

彼は,絶対他力からそう言っているが,そこにあるのは,どんな過酷な運命も,そのまま受け入れ,引き受けて,その中で,おのれの出来ることを尽くす,というように聞こえる。

だから,こう言う。

独立者は常に生死巌頭に立在すべきなり。殺戮餓死,もとより覚悟の事たるべし,

と。

すでに殺戮餓死を覚悟す,

とも。この覚悟は,言葉が重い。自分のような軟弱もののよく言える言葉ではない。しかし,天命を受け入れるというのは,こういうことだ,という意味で,重いが,同時に,身震いするほどの緊迫感がある。

不意に思い出したが,横井小楠が,二人の甥を坂本龍馬に託して洋行させる折,送った送別の詩に,

心に逆らうこと有るも
人を尤(とが)むること勿れ
人を尤むれば徳を損ず
為さんと欲する有るも
心に正(あて)にする勿れ
心に正にすれば事を破る
君子の道は身を脩むるに在り

というのがあった。「心に正にすれば」と抑制するところが,あったこと,を。自責,とはこのことだ。絶対他力は,つまるところ。絶対自責に通ずる。


今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm



#論語
#横井小楠
#清澤満之
#神田橋條治
#絶対他力

posted by Toshi at 05:55
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