2015年03月27日

蜻蛉返り


「蜻蛉返り」というのは,

(トンボが勢いよく飛びながら,急に向きをうしろにかえることから)
空中で体を上下一回転させること,宙返り
歌舞伎で,役者が舞台で手をつかず宙返りすること,筋斗(とんぼ)返り
目的地に着いてすぐ引き返すこと

という意味がある(『広辞苑』)。もともと,

トンボリ・トンボ返り

で,返りは,空中で身をひるがえす擬態語,つまり掌をつかずに宙返りすること,とある。

歌舞伎の立ち回りには,

千鳥・大回り・むなぎば・腹ぎば・横ぎば・ぎば・入鹿腰・ひともかえり・二ツがえり・つづけがえり・逆立・杉立・そくび落とし・胸がえり・手這・猿がえり・あとがえり・重ねがえり・飛越・ほくそがえり・死人がえり・かわむき・水車・一ツとこがえり・仕ぬき

等々とある。「ぎば」というのは,宙返りのことである,そうな。

「中通り(ちゅうどおり)の役者は,『蜻蛉返り』ということを,必ず知っている…。」

と鳶魚先生はおっしゃる。ちなみに,中通りとは,名題役者(看板役者)の下,その下が下回りということになるらしい。名題下とか,相中(あいちゅう),下立役(したたちやく)とか,名題の下の役者を階級化したのは明治以降らしい。その区別は,正直よくわからない。

で,「蜻蛉返り」という名のいわれは,

「進んで来た位置で,そのまま後ろへ退ることが出来るのは蜻蛉だけで,その他の動物にはない,そこから起こったものだという。」

この説明がリアルである。実際に蜻蛉を見慣れたものだけが,その本当の意味が分かる。単に「身をひるがえす」ではわからない具体的なイメージが浮かぶ。つまり,「蜻蛉返り」の表現には,それぞれを受けとめた人それぞれに,

エピソード記憶

として,そのトンボの具体的な姿が,あったのである。

しかし,歌舞伎の立ち回りとなると,立役が主役とおもいきや,鳶魚曰く,

「主役となる者よりも,蜻蛉返りの方が見せものなので,それが,舞台の変化,局面の転換とでもいいますか,そういう方に効能があったのみならず,またすこぶる舞台面を賑やかすものでもあったのです。」

とある。主役だけで芝居は出来ない。そういう立役を,名題以下の中から抜擢する仕組みを捨てた今日の,血脈だよりの歌舞伎界の貧困化は,当然と言えば言える。

さすがに鳶魚は,その始まりを調べていて,享保十七年(1732)の新浄瑠璃『壇浦兜軍記』に,捕物場面で,「真逆様に,でんぐり返り」とあり,さらに,延享二年(1745)の『夏祭浪花鑑』には,「とんぼう返り仕やらふ」とあるとして,人形が蜻蛉返りをやっていた,と伝えている。

これが歌舞伎になると,

「蜻蛉返りをする者を,『トッタリ』というのは『捕えたり』ということで,むろん捕物の話ですが,これらの言葉は,人間のする芝居に発生したものでなく,人形芝居から起こったのではないか,という疑いがある。」

として,そのことに詳しい伊原青々園(せいせいえん)という人の説明を紹介している。

「自分の考えでは,能の方に『仏倒れ』といって,はずみをつけないで,体がそのまま,そこに倒れるという仕方がある。これはたしかにトンボの一種である。その次は人形の方で,『太閤記』の鈴木孫一が,腹を切ると蜻蛉返りをする。これは人形では死の苦悶などという,こまかい表情ができないから,ああいう倒れ方をしてそれを見せる。」

と言っている。さらに,どうも,この軽業のような所作が歌舞伎に入ったのには,「阿国歌舞伎以来,あらゆる見せ物から,面白いことは皆歌舞伎に取り入れているので,蜻蛉返りもそのころからあったものじゃないかと思われる。」と付け加えている。中国の芝居の影響もあるかもしれないと断ったうえで,さらに,

「『劇場年鑑』などをみましても,天明二年(1782)から立ち回りに後ろ返りをはじめたと,書いてあります天文(1736)以来は,弥弥人形芝居の方で,いろいろな仕出しの多かったときですから,…蜻蛉返りは,人間がやるには相当な稽古を要するけれども,人形ならば簡単に行われる…。」

と,推測している。

思うのだが,この宙返りに,

蜻蛉返り

と名付けたセンスに,驚く。

鼠返し,

というのは,そのままズバリだし,

燕返し,

というのは,確か宮本武蔵に敗れた,佐々木小次郎が得意とした剣技だったが,これも,

ツバメの素早く身をひるがえして飛ぶ様子

から,身を反転させること,あるいは,

ある方向に振った刀の刃先を急激に反転させる技,

に名づけた,蜻蛉返しと似た命名だ。これには,

柔道の足技の一つで,相手の足払いを瞬間的に足払いで返す早技,

というのもあり,麻雀のいかさまにも,

隙を見て牌山と手牌をすべて入れ替えてしまう技

に燕返しというのがあるらしいが,まあ,剣技から来た流用に過ぎまい。それにしても,燕返しの方が,ひらりひらりの感覚は,ピタリだと思うが,すでに,その言葉が剣技として広まっていたせいで,その名は使えなかったのだろうか。

参考文献;
三田村鳶魚『捕物の話 鳶魚江戸ばなし』(Kindle版)






今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm
posted by Toshi at 05:42
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