2015年11月08日

しあわせ


しあわせについては,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163068.html

で触れたことがあるので,重複するかもしれない。最近,ある本を読んでいてこんな文書に出くわした。

「幸福の認識は,まったく経験的事実にもとづくものであり,また幸福に関する判断は各人の臆見に左右され,そのうえこの臆見なるものが,また極めて変り易いものだからである。」

これはカントの言葉らしい。これを引いて,柄谷行人は,こう説いていた。

「彼(カントのこと)が幸福主義を斥けるのは,幸福がフィジカルな原因に左右されるからだ。つまり,それは他律的だからだ。その意味では,自由はメタフィジカル」

である,と。カントの目指す自由とは,こういうことだ。

「君の人格ならびにすべての他者の人格における人間性を,けっしてたんに手段としてのみ用いるのみならず,つねに同時に目的(=自由な主体)として用いるように行為せよ」

その自由から見て,文脈(あるいは状況)に左右されるものを目的化することは,僕もよしとしない。

さて,しあわせは,

幸せ(倖せ)

仕合(わ)せ

と当てる。

辞書(『広辞苑』)では,両者を別々に項を立てているが,一般には,一緒にしている。仕合せは,

めぐりあわせ,機会,天運,
なりゆき,始末,
(「幸せ」とも書く)幸福,好運,さいわい,

で,「幸せ」は,そのうちの三番目の意味に限定される,ということになる。

この語源は,

「為合わせ(仕合せ)」

とされ,良いことが重なること,という意味になる。さらに,

「シはサ変動詞の連用形,アワセは,プラスの意です。二つの動作・行動を,して合わせるの意です。祖父が喜寿,父が還暦,孫の合格,家族は健康で無事などと良いことが重なるがシアワセなのです。地震があって,火事がおこって,そこに大風が起こって,泥棒がやってきて,いくつかの災いが,仕合せて,災難だった,などと悪い意味に使われてもいたのが不シアワセということばです。」

と,加える。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/si/shiawase.html

によると,室町時代に生まれた言葉で,

「本来は,『めぐりあわせ』の意味で,『仕合せが良い(めぐりあわせが悪い)』,『仕合せが悪い(めぐりあわせが悪い)』と,評価語を伴って使われた。江戸時代以降,『しあわせ』のみで『幸運な事態』を表すようになった。更に事態より,気持ちの面に意味が移って,『幸福』の意味になり,『幸』の字が充てられて,『幸せ』と表記するようになった。」

とある。ただ,漢字の「幸」と「倖」の字は,

「幸は,手を上下からはさむ手かせを描いた象形文字で,執(手かせをはめて捉える)や報(仕返しの罰)の左側に含まれる。刑罰の刑(かせ)や型と同系の言葉。やがて刑にかかるところを危うく免れたの意となり,それから,思いもよらず運よくはこんだの意となる。のち,広く幸運の意に拡大して用いられたため,その原義を倖の字があらわすようになった。」

とあるから,ちいさな「僥倖」(思いがけない幸運。こぼれざいわい)を「幸い」と呼んだように見える。

『古語辞典』をみると,

仕合せ
為合わせ

と当てて,

うまく合うようにする,

という意味が最初に来る。そこから,

物事の取り回し,処置,

となり,それが,

めぐりあわせ,

となっていく様子が見える。「しあひ」

という言葉があり,

仕合い
為合い

とあてて,

共にことをする,

という意味で,それが,一方で,

互いに争い合う,

つまり勝負の試合(仕合)になり,他方で,

幸運

になっていくさまが想像される。『大言海』の説明がいい。

「仕合せたる時(オリ)に,運に当たり,不運に当たること。命運」

と。まさに,それが「仕合せ」の本義だろう。

中島みゆきの「糸」という曲には,

「縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます」

とある。

参考文献;
柄谷行人『トランスクリティーク』 (岩波現代文庫)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)



ホームページ;
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今日のアイデア;
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posted by Toshi at 05:30
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