2016年01月30日

粟散辺地


粟散辺地は,

ぞくさんへんじ,

と訓み,辞書(『広辞苑』)では,

辺鄙な知にある小さい国,

とある。

粟散辺土,
粟散辺州,
粟散国,

とも言う。我が国を指している。

わが朝は粟散辺地の境,

と言った言い回しをする。

粟粒を散らしたような小さい国,

という意味で,インドや中国のような大国に対して,日本のことを,へりくだって言った。

「『粟散』は粟散国(粟のように散在する小国)のこと。『辺地』は最果ての地。特に日本人自身が、日本のことを中国やインドと対照させて、このように表現するときがある。」

と説明する。

辺地粟散,

という言い方もした。僕は,こう謙虚に,というよりは事実として自国をそう意識していた時代の日本人がまっとうだと思う。明治維新後,

世界に冠たる日本,
世界の中の日本,

という言い方をするようになった。列強に伍して,肩怒らせなくてはならない時代という意味が分からなくもないが,

夜郎自大,

に近く,気持ちが悪い。

粟散辺地という言い方は,仏法との絡みで,意識されたようだ。

「空間的にも時間的にも仏法より疎外された国」

という意識を,

粟散辺土,

という言葉に表現した。自己意識である。この言葉によって見えている世界は,

「『仁王経』などによれば,我らの住む南閻浮提(なんえんぶだい 須弥山を取り巻く四大陸のひとつ)は五天竺を中心に,十六の大国,五百の中国,一千の小国,さらにその周囲には無数の『粟散国』があるという。『粟散国』とは粟のごとく散らばった取るに足らぬ国という意味で,日本はそのような辺境群小国のひとつ」

という自己意識である。事実文明発祥のインド,中国の巨大な影響下にあった,周辺国の一つであることは確かだ。中国由来でないものを探すのは,文字一つとっても,箸ひとつとっても,漆ひとつとっても,至難といっていい。そういう冷静な自己意識であった時代が,我が国では,長かったといっていい。

粟散

の初見は,延暦十七年(917)の『聖徳太子伝略』らしく,以後こういう言い方が定着し,『平家物語』にも,

「この国は粟散辺地とて,心うきさかひにてさぶらへば,極楽浄土とて,めでたき処へ具しまゐらせさぶらふとぞ。」

という言い方が載る。それと前後して,中国を大国として,

小国辺土,

とも言ったようだ。こんな言い方がいいというつもりはないが,列強に伍して,大国意識を引きずり,自画像が露出した時代よりは,はるかに冷静だと思う。このことで思い出すのは,吉田松陰である。

http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163487.html

に書いたが,吉田松陰の『講孟余話』で過激な攘夷論を,大儒・山県太華は,理論だって,冷静な正論を吐いている。

漢土の例にならって,自国を中国といい,他国を夷狄といい,我は尊く,彼はいやしいというべきわけがない。海外の諸国も,皆人間の国であり,禽獣虫魚とは違う。天がこれら外国の人々に倫理・道徳の根本を与えること,皆同じである,

あるいは,

アメリカ・ロシアは海外の別国であり,その使節が主命を奉じてわが国に来たのである。両国とも,もともとわが属国ではない。だからかならずしも一々わがいうところに従うことがあろうか。彼らは利害を解いて,自分らの請うところを求めるのである。何で深くこれを怒ることがあろう。かつ,向こうは大国であるのに,対等の礼をもって,やってきているのである。彼らに少しく不遜の形があっても,事情により寛恕してもよくはないか。どうしてかならずしも兵をもって彼らを撃つにいたることがあろう。

等々。同じ儒者である横井小楠も,

「道は天地の道なり。わが国の、外国のということはないのだ。道のある所は外夷といえども中国なり。無道になるならば、我国支那といへどもすなわち夷なり。初めより中国といい夷ということはない。国学者流の見識は大いに狂っている。だから、支那と我国とは愚かな国になってしまった。これで亜墨利加などはよく日本のことを熟視し、決して無理非道なことをなさず、ただわれらを諭して漸漸に国を開くの了簡と見えた。猖獗なるものは下人どもだけだ。ここで日本に仁義の大道を起さなくてはならない、強国になるのであってはならない。強あれば必ず弱あり、この道を明らかにして世界の世話やきにならにはならねばならぬ。一発で一万も二万も戦死するというようになることは必ずとめさせねばならぬ。そこで我日本は印度になるか、世界第一等の仁義の国になるか、この二筋のうちしか選択肢はない。」

と言っていた。その道は,維新では断たれ,夜郎自大の道に進んでいってしまった(その結果の敗戦であるにもかかわらず,懲りもせず,またぞろ夜郎自大な空気が蔓延し始めている)。

天下は一人の天下である,

という松陰に対して,山県太華は,

天下は一人の天下に非ず,天下の天下である,

と,まあただっこに対して冷静な論理で突っぱねるのに似ている。しかし,今日,駄々っ子のような為政者をたしなめる大儒は,いない。

参考文献;
伊藤聡『神道とはなにか』(中公新書)
村上一郎『草莽論』(大和書房)
松浦玲編『佐久間象山・横井小楠』(中央公論社)



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posted by Toshi at 05:25
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