2016年04月14日

カミ


「カミ」は,

「神」

という漢字を当てているが,「カミ」の語源すらはっきりしていない。

http://ppnetwork.seesaa.net/article/430465963.html

で触れたように,本居宣長も,

「迦微(かみ)と申す名の義はいまだ思ひ得ず」

と言うほどである。古代,霊的なものを示す言葉に,「カミ」「タマ」「モノ」「オニ」がある。「タマ」は,霊魂を指す,人のみならずすべての存在は「タマ」をもち,その霊威をおそれるものを「モノ」と呼び,「オニ」は,「隠」で,隠れて見えない存在を指す。

伊藤聡氏が,「カミ」の基本的性格を次のように整理しているのは,上記で既に触れたところだ。

①霊的なものとして把握されており,実態的なものとみなされていない。ただ,すべての「タマ」が神なのではなく,強力な霊威・脅威をもつ「タマ」が「カミ」として祀られる。か「カミ」は「タマ」の一種なのである。
②「モノ」「オニ」も,「タマ」に属す。「カミ」が神となり,「カミ」の否定的な部分がモノ(名指し得ぬもの)は,後に怨霊的存在として,「モツケ」「モノノケ(物+気)」となる。「オニ」は「カミ」の最も荒々しい部分を取り出したもの。といって,「カミ」には,「モノ」「オニ」要素が消えたわけではない。
③「タマ」と同じく,「カミ」は目に見えないとされた。
④「カミ」は人と直接接触せず,意志を伝える時は,巫女や子供に憑依する。
⑤「カミ」の怒りは祟りという形をとる。

その「カミ」が,仏教伝来以降,神仏習合,本地垂迹を経て,神と仏は,いずれが裏か面か分かちがたくよじれていくことになる。

『古語辞典』も,「カミ」を,

「上代以前では,人間に対して威力を振るい,威力をもって臨むものは,すべてカミで,カミは人間の怖れと畏みの対象であった。人間はこれに多くの捧げ物をして,これが穏やかに鎮まっているのを願うのが基本的な対し方であった。」

とし,その上で,

「平安時代以降,古いカミの観念の大部分はひきつがれたが,奈良時代に始まる本地垂迹の説が広まり,仏とカミとに多少の融合が起こり,カミは荒々しく威力をふるう存在としてよりも,個々人の行為に禁止や許可を与える面が強く現れる。しかし仏が人間を救い,教導し,法を説くものとして頼られたのに対し,カミは好意・親愛で対されることなく,場合によっては,鬼・狐・木魂と同類視されて畏れ憚られた。中世末期キリスト教の伝来に際し,デウスはカミと訳されず,日葡辞典のカミの項には,『日本の異教徒の尊ぶカミ』とだけ説明されている。」

と書く。カミは,地に堕ちた,ということになる。

ここでは,ちょっと「カミ」という言葉の謂れを探ってみた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E_(%E7%A5%9E%E9%81%93)

にあるように,「神」は,「上」から来ていると,長く思われてきた。しかし江戸時代に発見された上代特殊仮名遣によると,

「神」はミが乙類 (kamï)

「上」はミが甲類 (kami)

と音が異なっており,『古語辞典』でも,

「カミ(上)からカミ(神)というとする語源説は成立し難い」

と断言する。ただ,

「『神 (kamï)』と『上 (kami)』音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった」

とする説もある。とっさに思い浮かぶのは,アイヌ語の,

カムイ,

で,

「カムヤマトイワレヒコ、カムアタツヒメなどの複合語で『神』が『カム』となっていることから、『神』は古くは『カム』かそれに近い音だったことが推定される。大野晋や森重敏などは、ï の古い形として *ui と *oi を推定しており、これによれば kamï は古くは *kamui となる。これらから、『神』はアイヌ語の『カムイ (kamui)』と同語源」

という説もあるようである。因みに,琉球語では,カグというらしい。何となく,「カミ」に繋がりそうな感じである。

ちなみに,上記には,

「『身分の高い人間』を意味する『長官』『守』『皇』『卿』『頭』『伯』等(現代語でいう『オかみ』)、『龗』(神の名)、『狼』も、『上』と同じくミが甲類(kami)であり、『髪』『紙』も、『上』と同じくミが甲類(kami)である。」

とあり,

「『神 (kamï)』と『上 (kami)』音の類似は確かであり、何らかの母音変化が起こった」

とする説も確かに成り立つようである。アイヌのカムイは,

「動植物や自然現象、あるいは人工物など、あらゆるものにカムイが宿っているとされる。一般にカムイと呼ばれる条件としては、『ある固有の能力を有しているもの』、特に人間のできない事を行い様々な恩恵や災厄をもたらすものである事が挙げられる。そして、そういった能力の保持者或いは付与者としてそのものに内在する霊的知性体がカムイであると考えられている。」

とあるとされる。

『大言海』は,別に語源をたてて,

「隠身(かくれみ)の意なりと云ふ」

とし,

「かくばかり,かばかり,探女(さぐりめ),さぐめ」

と,変化の例を出し,

「現身(うつつみ)に対す(隠世(かくりよ),現世(うつしよ))」

として,『古事記』の

「天御中主神,云々,獨神(ひとりがみ)成坐(なりまして),而隠身也(かくりみにまします)」

霊異記の,「聖徳太子,神人を看破したまひしを」

「聖人之通眼,見隠身」

等々の例を引く。そして,意味の第一に,

「形は,目に見えずして,霊(みたま)あり,幽事(かんなごと)を知(しろ)して,奇霊(くしび)にましますものの称。後には,無上自在の威霊(いきおい)ありて,世の禍福を知(しろ)し,人の善悪の行為に,加護,懲罰したまふとて,崇(あが)むべきものの意とす。」

と載せる。どうやら,その果てに,由来が,カミに根差しているかどうかはわからないが,江戸時代のカミ(神・髪)は,遊里語として,

「豪遊客に連れられて登楼する取り巻き」

を指すようになった。

漢字「神」の字は,

「申は,いなずまの伸びる姿を描いた象形文字。神は,『示(祭壇)+音符申』で,いなずまのように不可知な自然の力のこと。後に,不思議な力や,目に見えぬ心の働きをも言う」

ので,「カミ」に「神」を当てたのは慧眼なのだろう。『論語』の,

「怪力乱神を語らず」

の「神」は,この鬼神のこととされる。

参考文献;
伊藤聡『神道とは何か ― 神と仏の日本史』 (中公新書)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/index.htm

今日のアイデア;
http://www.d1.dion.ne.jp/~ppnet/idea00.htm


posted by Toshi at 05:10
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