2017年06月27日

あわれむ


「あわれむ」は,

哀れむ,
憐れむ,

と当てる。

賞美する,愛する,
不憫に思う,
慈悲の心をかける,

という意味だが,『大言海』にあるように,

「哀れ(あはれ)を活用せしめたる語(厭(あき)ぶ,欠(あく)ぶ)」

である。「あわれ」については,

http://ppnetwork.seesaa.net/article/448793462.html

で触れたが,

「感動詞アハレの促音化」

が「あっぱれ」であった。「あわれ」は,

哀れ,

と当て,感動詞であり,

ものに感動して発する声,嘆賞・親愛・同情・悲哀などのしみじみとした感動を表す,

であり,まあ,

ああ,

という声と同じである。そこから,

(願望・命令を表す語とともに)ああなんとかして,ぜひとも(「あわれ,来たり候へかし」),
掛け声として用いる,

と広がる。『古語辞典』は,

「事柄を傍から見て讃嘆・喜びの気持ちを表す際に発する語。それが相手や事態に対する自分の愛情・愛惜の気持ちを表すようになり,平安時代以後は,多く悲しみやしみじみとした情感あるいは仏の慈悲を表す。その後力強い讃嘆は促音化してアッパレという形をとるに至った」

としている。意味の内を見ると,

讃嘆・喜びの気持ちを表す声,
賞美の気持ちを表す声,
愛情・愛惜の気持ちを表す声,
悲しみを表す声,
感慨・嘆息の気持ちを表す声,
(願望・命令を表す語とともに用いて)ああ何とかして,是非にも,

等々,感嘆から,嘆き,悲しみへ,更に,嘆願へとシフトしているが,意味は変化しても,恐らく,単なる感嘆詞だった,その段階では状態表現に近かったものが,いつの何か価値表現へとシフトして,その価値に対する主観的感情の表現へと転じた,ということだろう。その感情が,

哀しみ,

感嘆,

に分岐して,「あわれ」と「あっぱれ」の使い分けへと至った,ということになる。「あわれ」の語源が,『日本語源広辞典』では,

「ああ+はれ」

と,感動詞の重なりとし,『大言海』も,

「アも,ハレも感動詞」

とする。「あ」を見ると,

「多くは重ねて,アア(嗚呼)と云ふ」

とある。「ああ」を見ると,

嗚呼,
噫,
嗟,

と当て,

「一音に,アとも云ふを,発する」

とし,「はれ」を見ると,

「噫(あ)を添えて云ふ」

とあるが,

やれ,
とか,
まあ,

という囃し言葉である。どうやら,「あわれ」は,傍から,感嘆して,

はやしていた,

ようなニュアンスの言い回しだったのではないか。『日本語源大辞典』は,

「語源を『あ』と『はれ』との結合と説くものが多いが,二つの感動詞に分解しうるかどうか疑わしい」

とする。異説には,

ア(彼)ハに,ヤ・ヨに通じる感動詞レが添わったもの(折口信夫),
自然音アの修飾であったらしい(柳田國男),
アアアレ(有)から(名言通),
天岩戸の故事から,アメハレ(天晴)の略(日本釈名),
アという嘆息の声から(紙魚室雑記・和訓栞),

等々ある。

「あはれ」の感情の多様さが,「あわれむ」に反映し,必ずしも,相手を不憫に思う意味だけではなく,

賞美する,

意もあるが,今日,その意味気,どんどん薄れていっている。

参考文献;
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)


ホームページ;
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今日のアイデア;
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posted by Toshi at 04:42
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