2017年10月26日

いたい


「いたい」は,

痛い,
甚い,

と当てる。「甚」を当てるところに,語源の謂れがあるのではないか,と想像させる。『広辞苑』には,

「心身に強く感ずるさま,または心身を強く刺激する状態を表す」

とある。『岩波古語辞典』には,

「神経に強い刺激を受けたときの感じで,生理的にも心理的にもいう」

とある。

当てた漢字から見ておくと,「痛」の字は,

「疒+音符甬(ヨウ 突き抜ける,突きとおる)」

で,「つきとおるようにいたい」「ずきすぎといたむ」といった「痛み」を指す。「甚」の字は,

「匹とは,ペアをなしてくっつく意で,男女の性交を示す。甚は『甘(うまい物)+匹(色ごと)』で,食道楽や色ごとに深入りすること」

で,「あること深入りしている」から「ひどい」「はなはだしい」という意になる。漢字から見ると,「甚い」は,直接的な(生理的・心理的)「痛い」の程度を示す意図から,使われたのではないか,と想像される。『大言海』は,「いたし」を,

痛,

を当てる項と,

甚(痛・切),

を当てる項とを区別し,後者については,

「(前者の)転意,事情の甚だしきなり,字彙補『痛,甚也,漢書,食貨志,市場痛騰躍』(痛快,痛飲)。」

としている。前者については,

「至るの語根を活用せしむ(涼む,すずし。憎む,にくし)。切に肉身に感ずる意。…身に痛む感じありて,悩まし(痒しに対す)」

とある。しかし,『日本語源広辞典』は,

「イタイ(程度が甚だしい)」

が語源とし,激しい程度の意を先とする。『日本語源大辞典』も,

「『痛む』と同根の,程度の甚だしさを意味するイタから派生した形容詞」

とする。とすると,必ずしも,痛みを指していたのではなく,

ひどい,
はげしい,
はなはだしい,

という状態全部を指していた状態表現から,「傷み」や「悼み」が分化してきた,ということになる。『岩波古語辞典』の「いた」では,

「極限・頂点の意。イタシ(致)・イタリ(至)・イタダキ(頂)と同根。イト(甚・全)はこれの母音交替形」

とあり,どうやら,『大言海』の「至る」とも重なることになる。『語源由来辞典』

http://gogen-allguide.com/i/itai.html

は,

「痛いは『痛む』と同根で、程度のはなはだしさ・ひどさを表す『いた(甚)』から派生した 形容詞。本来は、肉体的・精神的に程度の激しい刺激を受けた時の感覚を広く指し、『非常に素晴らしい』「はなはだしく立派」などプラスの意味でも用いられた。 現代では、 プラスの意味で用いることは少ないが、『いたく感動した』という際の『いたく(痛く・甚く)』がこのような意味で用いられる。勘違いしている人を見て『痛い人』などというときの『痛い』は、『かわいそう』『気の毒だ』『恥ずかしい』といった『痛々しい』の意味が派生したもので、多く『イタイ(イタい)』とカタカナ表記される。」

としている。その,他人の的外れな言動に対する「恥ずかしい」「情けない」「気の毒に」などの気持ちで使われる「いたい」について,『日本語俗語辞典』

http://zokugo-dict.com/02i/itai.htm

は,2000年頃として,

「痛いは通常、自身の体(又は心)の痛みをうったえたり、人の身体の痛みを問いかける際に使われる。この痛いが平成に入り、人の言動に対して用いられるようになる(この場合、イタイ・イタいといったカタカナ表記も使われる)。痛いが用いられる主な言動として、勘違い・場違いなどの見当外れな言動、人が不快・不満に感じる言動など、『恥ずかしい』『情けない』『みっともない(不様)』に通じるものである。また、『痛い子』『痛い話』『痛いサイト』など、後ろに対象を付けて使われることが多い。」

としている。この場合,「いたい」は,

はなはだしい,
ひどい,

というかつての状態表現が,価値表現へと変ったものとみると,何百年も経て,先祖がえりしたようで,なかなか興味深い。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)


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posted by Toshi at 05:14
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