2017年11月14日

サンクチュアリ


ウィリアム・フォークナー『サンクチュアリ』を読む。

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表題である,

サンクチュアリ(sanctuary),

は,訳者(加島祥造)によると,

「『聖所』『聖域』『逃げ込み場所』などといった意味をもっているが,ここでは後者の『隠れ家』という意味が強い。」

とある。それは,

密造酒をつくっていたグッドウィン一家たちの住んでいた場所,

を指すとも言えるし,

17歳の女学生テンプルを連れ込んだ曖昧宿,

を指すともいえるし,

冤罪で収監されたグッドウィンのいた刑務所の監房,

を指すともいえるし,

無実のグッドウィルを裁判で救えずリンチで焼き殺されるのを手を拱いているしかなかった弁護士ホレスが逃げ込んだ(そこから逃げ出したはずの)家庭,

を指すともいえる。あるいは,

グッドウィンを陥れる偽証をして父とともに逃げたテンプルのいるパリ,

を指すともいえる。さらには,

自分がしたのではない殺人の罪で処刑されたポパイの死そのもの,

を指すとも言えるのかもしれない。客観的なものではなく,主観的なそれ,あるいは,本人自身は気づいていないが,結果としてのそれ,という意味も含む。

本書を読みながら,対比のように,何十年も前に読んで圧倒された,ドス・パソス(ジョン・ロデリーゴ・ドス・パソス(John Roderigo Dos Passos)の『U・S・A』3部作を思い出していた。『U・S・A』3部作は,

「新聞の切り抜き(『ニュース映画』)・作者の意識の流れ(『カメラの目』)・登場人物たちそれぞれのドラマで、20世紀初頭の『アメリカ合衆国』を、虚実織り交ぜて、実験的手法で、眺望したもの」

とされ,ちょうど,1930年代のアメリカを俯瞰したものになっている。その実験的な手法に魅了された記憶がある。

対するフォークナーは,

「フォークナーが創造したヨクナパトーファ郡(ミシシッピ州)を舞台にし、時代設定は禁酒法(1933年)時代の1929年5月と6月」

と,アメリカ南部の(架空の)小さな町での出来事を,虫瞰的に稠密に,描く。その状況描写は,緻密な西陣織のように微に入り,細を穿つ。しかし,それに比べて,登場人物は,ちょうど,細密画の背景の前でヒラヒラおどる紙人形のように,ペラペラである。そのギャップに,驚く。存在感のなさを描いたという強弁もあるかもしれないが,僕には,そうは見えなかった。主役は,その背景の時代と,密閉された南部の街の気質,雰囲気そのものなのではないか。だから,登場人物は,その状況の付けたし,添え物にすぎないのかもしれない。
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本書は,フォークナーの傑作には加えられない作品らしい。『怒りと響き』『八月の光』に比べると,作家自身も,

「私としてはこれは安っぽい思いつきの本だ。なぜならこれは金がほしいという考えから書いたものだからだ。」

と書いていたという。もっとも,

「初校の校正刷りを見て,これはひどい作品だと知り,(中略)書き直した。組み直し料を払わなければならなかったが,とにかく『響きと怒り』や『死者の床に横たわりて』をあまり辱めぬように努力し,その仕事はかなりうまくいったと思う」

と書いてはいる。しかし,筋の粗っぽさと,人物のぺらぺらさ(人物像だけではなくその行動の突飛さ),は救われていないと僕は見た。ただ,人物の空虚さ,存在感のなさが意識的なら,その意識的であることが文学空間に表現されているとは思えなかった。その証拠に,取ってつけたように,ラストでポパイの生い立ちの悲惨さを描きだす。それも唐突に,だ。


参考文献;
ウィリアム・フォークナー『サンクチュアリ』(新潮文庫)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%89%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%BD%E3%82%B9
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A6%E3%82%A3%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AF%E3%83%8A%E3%83%BC


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posted by Toshi at 05:11
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