2018年09月17日

けむに巻く


「けむに巻く」は,

煙に巻く,

と当てるが,『デジタル大辞泉』に,

「この意味で『けむりにまく』と読むのは誤り」

とある。しかし,「けむ」は,

煙,
烟,

とあて,「けむり」の略なのである。「けむに巻く」は,

気炎をあげ相手を戸惑わせる,

意であるが,『大言海』に,

「けむになるとは,消え失するなり」

とある。

「大げさなことや相手の知らないようなことばかりを言い立てて、相手を圧倒したり、ごまかしたりする」(『デジタル大辞泉』)
「信じがたいことや相手がよく知らないようなことを言って、相手の判断力を狂わせる」(『大辞林 第三版』)

という意味で,「巧みな弁舌」という意味を載せているのがあったが,そうではなく,相手を眩惑し,話題や話の筋が迷路に入らされることだろう。『笑える国語辞典』(https://www.waraerujd.com/blank-510)は,

「煙に巻く(けむに巻く)とは、なんの関係もない話を持ち出すなどして相手の追求をそらす、という意味。その昔、忍者はなんらかの方法で煙を突然発生させ、おのれの身を隠したと、忍者小説家や漫画家は証言している。」

とある。煙幕と同じである。https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%85%99%E3%81%AB%E5%B7%BB%E3%81%8Fに,

「(通常、受け身で用いて)(特に火事などの場合に)煙につつむこと、また、煙につつまれて前後左右の方向感を失わせること。」

とある。「けむり」は,かつては,

けぶり,

であり,「けむり」はその転訛したもの。だから,

けぶ,

という。「けぶ」は,

「けぶりの語幹なり。けぶたし,けぶいとも用ゐられる」(『大言海』)

とあり,それが転訛して,

けむ,

と言う。『江戸語大辞典』の「けぶ」の項では,

「『けむ』とも」

とある。「けぶり」について,『日本語源広辞典』は,

「『介夫利』(新撰字鏡),『介不利』(十巻本和名抄),『計布理』(日本紀竟宴和歌-延喜六年),『気敷里』(日本紀竟宴和歌-天慶六年)などと表記されるところから,古くはケムリではなく,ケブリであった考えられる。平安末,鎌倉時代にはケブリ,ケムリの両様が用いられていたが,室町末頃にはケムリが通例となったらしい。」

とある。『大言海』は,「けぶる」の項で,

「ケは,火気(ほのけ)のケなり,ブルは揺れ立つ意」

とある。「ぶる」は「振る(ふる)」の「揺り動かす」意と言うのだが,後解釈だが,「けむに巻く」の「けぶる」の「ぶる」は,同じ「振る」と当てる,

「(名詞・形容詞語幹のについて五段活用の動詞をつくる)それらしい様子をする,そのふりをする」

という意の「ぶる」,気取る意の「~ぶる」という使い方をする「ぶる」じゃないか,と言いたくなる。それはないけれども。

さて,『日本語源大辞典』は,「けむり」の語原ついて,大言海説以外に,諸説挙げている。

気のようにたなびいて上るところから,ケは気の義(国語溯原=大矢徹),
ケブリ(気振)の義か(和字正濫鈔・和訓栞),
ケノボリ(気登)の義。また,ケはキエ(消)の転で,火キエ(消)テ-ケノボル(気登)義か(日本釈名),
ケフリ(気降)の義(東雅),
ケは息,香の義で,フリはカブリ(冠・被)の義(俚言集覧),
ヒキフリ(火気触)の義(言元梯),
キエ(消)フスブリの義(名言通),
キエ(消)クモリの約か(菊池俗語考),
キエビイル(消火入)の略(両京俚言考),
キエイブリ(消燻)の約(国語の語根とその分類=大島正健),
ケはキユル(消)から(日本声母伝),
物の上を薄くおおう意味の動詞カブ(黴)から(続上代特殊仮名音義=森重敏),
「薫」の別音kemの諧音リを添えた語ケムリの転(日本語原学=与謝野寛),

「けむり」から語源を探っているのは論外としても,ケは「気」なのだろうとは思われる。その意味で,『日本語源広辞典』が,

ケ(気)+ブリ(登),
ケ(気)+ブリ(燻る),

を挙げているのはわかるが,それなら,『大言海』の,

「ケは,火気(ほのけ)のケなり,ブルは揺れ立つ意」

つまり,

ケ(気)+フリ(振),

が一番妥当だろう。こう見ると,

けむに巻く,

ではなく,

けぶに巻く,

が正しいように思えてくる。

因みに,「煙(烟は異体字)」(エン)の字は,

「会意兼形声。右側の字(イン・エン)は,香炉からけむりのたちのぼるさまを示す会意文字。煙はそれを音符とし,火を加えた字で,火がもえてけむりの立つことを示す。『かくす』という意味を含む」

である。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

posted by Toshi at 04:28
"けむに巻く"へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: