ためしあればながめはそれと知りながらおぼつかなきは心なりけり(新古今和歌集)、
の、
ためし、
は、在原業平 が、女車に対して、
見ずもあらず見もせぬ人の恋しくはあやなくけふやながめくらさむ(古今集・伊勢物語・大和物語)、
と詠み入れた例をさす(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。
冒頭の歌の詞書に、
前大納言隆房中将に侍りける時、右近馬場の引折(ひきをり)の日まかれりけるに、物見侍りける女車よりつかはしける、
とある、
右近馬場の引折の日、
とは、
右近衛府の舎人(とねり)が馬場で競馬・騎射をする五月六日、
をいい、ここでは治承四年(1180)のこと(仝上)とある。天皇が武徳殿に臨幸して衛府の官人の騎射を御覧になるのが例であり、これを、
騎射の節、
ともよぶ(日本大百科全書)。騎射に先だつ4月28日(小の月は27日)には、天皇が櫪飼(いたがい)(馬寮(めりょう)の厩(うまや)で飼養)・国飼(諸国の牧から貢進)の馬を武徳殿で閲する、
駒牽(こまひき)の儀、
がある(仝上)。
引折、
は、平安時代、
近衛の馬場で騎射(うまゆみ)の真手番(まてつがい)を行うこと、
をいい、
左近衛は五月五日、右近衛は五月六日、
を、
引折の日、
という(広辞苑)。
真手番、
は、
真手結、
とも当て、
手番(てつがひ)、
手結(てつがひ)、
ともいい、
つがい、
は、
手は射手、結は番(つがう)(2人を組み合わせる)、
意で(世界大百科事典・大言海)、平安時代、
射礼(じゃらい)・賭射(のりゆみ)・騎射(うまゆみ)などの行事で、競技者を左右二組に分け、一人ずつ組み合わせて、射技の優劣を競わせること、
をいい、当日の競技を、
真手結(真手番 まてつがい)、
前日に行う練武を、
荒手結(荒手番)、
という(広辞苑)。
真手結(真手番)、
荒手結(荒手番)、
の、
真、
は、
真正に厳密(オゴソカ)にする、
意で、
荒、
は、
粗(アラ)、
で、
真に対して軽い、
意で、
真忌(まいみ)、
荒忌(あらいみ)、
という言い方と同例(大言海)とある。
射礼(じゃらい)、
は、
大射、
ともいい、古代、
正月十七日に建礼門前で行われた弓射の行事、
をいい、これより先に、
十五日に兵部省で親王以下五位異状よび六衛府の者から射手を選出する手番(てつがい)を行い、当日は天皇が豊樂(ふらく)院で観覧、終了後に、能射の者に禄を給した、
という(広辞苑)。
代の始には、豊楽にてあり(公事根源)、
とある。
賭射(のりゆみ)、
は、平安時代の宮中年中行事の一つ、
で、
錢を賭物(のりもの)にして、射中てたるもの、
とあり(大言海)、
射礼、
の翌日、一般に正月十八日、
天皇が弓場殿(ゆばどの)で、左右の近衛府・兵衛府の舎人らが弓を射る競技を観覧した。勝った方には、
大将、射手に還饗(かへりあるじ 饗応)あり、
とあり、負けた方には、
罰杯(罰酒)を課した、
という(仝上・広辞苑)。
騎射、
は、
馬弓術(ウマユミ)の義、
で、色葉字類抄(平安末期)に、
騎射、マユミ、
とあり、
騎射、
馬射、
を、
まゆみ、
と訓ませ、
馬弓、
馬射、
とも当て、
うまゆみ、
ともいい、
歩弓(かちゆみ)
歩射(ぶしゃ)、
に対する言葉で、
馬上で行う弓矢の競技、
をいい、宮廷では、
武徳殿前にて、端午の節会(せちえ)に行う近衛の武官の騎射、
をいい、武家では、
流鏑馬(やぶさめ)・笠懸(かさがけ)・犬追物(いぬおうもの)、
の、
騎射三物 (みつもの)、
が、武芸の修練を兼ねた遊びとして盛んに行われた(仝上・デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。和名類聚抄(931~38年)に、
騎射、宇末由美、
歩射、加知由美、
とある。
騎射三物(きしゃみつもの)、
は、「流鏑馬」で触れたように、
武士の騎射稽古法は、平安時代〜鎌倉時代に成立し、
犬追物、
笠懸、
流鏑馬、
の三種を指す。
笠懸(かさがけ)、
は、
疾走する馬上から的に鏑矢(かぶらや)を放ち的を射る、
騎射の技術・鍛錬法のことで、流鏑馬と比較して笠懸はより実戦的で標的も多彩であるため技術的な難度が高いが、格式としては流鏑馬より略式となり、余興的意味合いが強い(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AC%A0%E6%87%B8)とある。
犬追物(いぬおうもの)、
は、鎌倉時代から始まったとされる日本の弓術の作法・鍛錬法で、
40間(約73m)四方の馬場に、1組12騎として3組、計36騎の騎手、検分者(審判)を2騎、喚次役(呼び出し)を2騎用意し、犬150匹を離しその犬を追いかけ何匹射たかを競う。矢が貫かないよう「犬射引目」(いぬうちひきめ)という特殊な鏑矢を使用した。
とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%8A%AC%E8%BF%BD%E7%89%A9)。
(流鏑馬の射手の狩装束(流鏑馬絵巻』) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%81%E9%8F%91%E9%A6%ACより)
流鏑馬(やぶさめ)は、
日本の古式弓馬術で、行われた騎射の一種、馬術と弓術を組み合わせたもの、
であり、
距離2町(約218m)の直線馬場に、騎手の進行方向左手に3つの的を用意する。騎手は馬を全力疾走させながら3つの的を連続して射抜く、
ものである(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%81%E9%8F%91%E9%A6%AC)。
(「引」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%95より)
「引」(イン)は、
会意文字。「弓+|印」で、|印は直線状に↓と引くさまを示す、
とある(漢字源)。別に、
会意。「弓」と、それに添えられた弓を引くことを連想させる短い筆画から構成される[字源 1]。「ひく」を意味する漢語{引 /*linʔ/}を表す字(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%BC%95)、
会意。弓と、丨(こん)(ひっぱる)とから成り、弓をひく、ひいて「ひく」意を表す(角川新字源)、
とあるが、
指事文字です。「ゆみ」の象形に縦線を添え、ひいて張り伸ばした弓を示し、そこから、「ひく」を意味する「引」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji246.html)、
と、指事文字とする説もある。
「折」(漢音セツ、呉音セチ)は、「壺折」で触れたように、
会意。「木を二つに切ったさま+斤(おの)」で、ざくんと中断すること、
とある(漢字源)。別に、
斤と、木が切れたさまを示す象形、
で、扌は誤り伝わった形とある(角川新字源)。また、
会意文字です(扌+斤)。「ばらばらになった草・木」の象形と「曲がった柄の先に刃をつけた手斧」の象形から、草・木をばらばらに「おる」を意味する「折」という漢字が成り立ちました、
ともある(https://okjiten.jp/kanji670.html)。
参考文献;
高田祐彦訳注『新版古今和歌集』(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95