異化

稲垣足穂『稲垣足穂作品集』を読む。 本書に所収されているのは、 チョコレット、 星を造る人、 黄漠奇聞、 星を売る店、 一千一秒物語、 セピア色の村、 煌めける城、 天体嗜好症、 夜の好きな王様の話、 第三半球物語、 きらきら草紙、 死の館にて、 弥勒、 悪魔の魅力、 彼等、 随筆ヰタ・マキニカリス、 紫の宮たちの墓所、 日本の天上界、 …

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五色(ごしき)の糸

南無阿弥陀ほとけの御手に懸くる糸のをはり乱れぬ心ともがな(新古今和歌集)、 の詞書に、 臨終正念ならむことを思いてよめる、 とある、 臨終正念、 は、 死に臨んで心静かに佛を念ずること、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)が、「正念に往生す」で触れたように、 臨終のときに心が乱れることなく、執着心に苛まれることのない状態のこと、 であ…

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十楽

紫の雲路にさそふ琴の音(ね)に憂き世を払ふ峰の松風(寂連法師)、 の詞書に、 十楽の心をよみ侍りけるに、聖衆来迎樂、 とある、 十樂(じゅうらく)、 は、 西方浄土で受ける十種の樂、 とあり、『往生要集』に詳述され、 聖衆来迎樂はその第一、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 寂連法師は、冒頭の歌の他に、 十楽の第二、蓮…

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色(しき)

色にのみ染めし心のくやしきをむなしと説ける法のうれしさ(小侍従)、 の、 詞書に、 心経の心をよめる、 とある、 心経、 は、 摩訶般若波羅蜜多心経(般若心経)、 をいい、 般若経の精髄を簡潔に説く、玄奘の漢訳した262字から成る本が流布する、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 色、 は、仏教で、 しき、 …

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遅日(ちじつ)

遲日園林悲昔遊(遅日(ちじつ) 園林(えんりん) 昔遊(せきゆう)を悲しむ) 今春花鳥作邊愁(今春 花鳥 辺愁(へんしゅう)を作(な)す)(杜審言・渡湘江) の、 遅日(ちじつ)、 は、 うらうらと長い春の日、 をいい、『詩経』豳風(ひんぷう)・七月の詩に、 春日遲遲(春日(しゅんじつ)遅遅(ちち)たり)、 とあるのにもとづく(前野直彬注解『唐詩選…

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隙(ひま)ゆく駒

新しき年やわが身をとめ来(く)らむ隙(ひま)ゆく駒に道をまかせて(新古今和歌集)、 の、 隙ゆく駒、 は、「荘子」知北遊に、 人生天地之間、若白駒之過郤(隙)、 とあるのにより、 月日の過ぎやすく、人生の短いことを言う、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 駒に道をまかせて、 は、「韓非子」説林上の、 老馬道を知る、 の…

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思草(おもひぐさ)

野辺見れば尾花がもとの思ひ草枯れゆく冬になりぞしにける(新古今和歌集)、 の、 思草、 は、 リンドウ、露草など諸説ある。すすきの根元にはえるという点を重視すれば、なんばんぎせるが最もふさわしい、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 道辺の尾花が下の思草(おもひぐさ)今さらになに物か思はむ(万葉集)、 と、 尾花が下の思草、 と詠わ…

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菊合(きくあわせ)

しぐれつつ枯れゆく野辺の花なれば霜の籬にいほふ色かな(新古今和歌集)、 の詞書に、 上のをのこども菊合しけるついでに、 とある、 菊合、 は、 左右に分かれて、それぞれの方の菊の優劣を競う遊び、 を言い、 歌を伴う、 とあり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、この歌の菊合は、 延喜十三年(913)十月十三日内裏菊合か、 とある(…

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冥霊

莫比冥霊楚南樹(比す莫れ 冥霊(めいれい) 楚南の樹(じゅ)の) 朽老江邊代不聞(江辺(こうへん)に朽老(きゅうろう)して代(よ)に聞こえざるに)(張説・遥同蔡起居偃松篇) の、 冥霊、 は、 伝説的な木の名、非常に長命だという、 とある(前野直彬注解『唐詩選』)。「列子」湯問篇に、 荊之南有冥霊者、以五百歳為春、五百歳為秋(荆の南に冥霊なる者有り、五百…

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せ(兄)

信濃道(しなぬぢ)は今の墾(は)り道刈りばねに足踏ましむな沓(くつ)はけ我が背(万葉集)、 の、 せ、 は、 背、 兄、 夫、 と当て、 いも(妹)の対、 である。主として女性が用い、 夫、兄弟、恋人などすべて男性を親しんでいう語、 とされる(精選版日本国語大辞典)。 せこ、 せな、 せなな、 せのきみ、 せろ、 せう…

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いも(妹)

秋風は身にしむばかり吹きにけり今やうつらむ妹(いも)が狭衣(新古今和歌集)、 の、 いも、 は、 妻、 の意とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 いも、 の対は、 せ(兄)、 である(岩波古語辞典)。平安時代以降多く使われた、 いもうと、 は、 イモヒトの音便形、 である。 いも、 は、元来、 …

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あくがる

心こそあくがれにけれ秋の夜の夜深き月をひとり見しより(新古今和歌集)、 の、 あくがる、 は、 何かに誘われて心が身体からぬけ出てゆく、上の空になる、 意とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 あくがる、 は、 憧る、 と当て、 「あこがれる」の文語形、 である。上代には用例は見えず、 十世紀半ば以降に一般化した語、 …

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思ひあへず

月見れば思ひぞあへぬ山高みいづれの年の雪にかあるらむ(新古今和歌集)、 の、 思ひあへぬ、 は、 とうてい思いきれない、 と訳注があり(久保田淳訳注『新古今和歌集』)、 一声は思ひぞあへぬほととぎすたそかれ時の雲のまよひに(新古今和歌集)、 の、 思ひあへぬ、 は、 (確かに鳴いたと)思いきれない と訳注される(仝上)。 …

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人頼め

大荒木(おほあらき)の杜の木の間をもりかねて人頼めなる秋の夜の月(俊成女)、 有明の月待つ宿の袖の上に人頼めなる宵の稲妻(家隆)、 の、 人頼めなる、 は、前者は、 いたずらに人の気を持たせる、 と、後者は、 やっと出たのかといたずらに期待させる、 と注記される(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 タノメは頼ませる意、 とあり(岩波古語辞…

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渙汗

九重承渙汗(九重(きゅうちょう)に渙汗(かんかん)を承け) 千里樹芳菲(千里に芳菲(ほうひ)を樹(う)えたり)(鄭審・奉使巡検両京路種果樹事畢入秦因詠) の、 九重、 は、『楚辞』の「九弁」に、 君之門以九重(君の門九重を以てす)、 とあり、 宮殿の門を九つ重ねて作ってあること、 から、 宮廷・宮中、 を指す(https://kanbu…

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刈萱(かるかや)

うらがるる浅茅か原の刈萱(かるかや)の乱れてものを思ふころかな(新古今和歌集)、 の、 うらがるる、 は、 葉末が枯れる、 意、 刈萱、 は、 イネ科の多年草、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 刈萱、 は、 刈草、 とも当てる(広辞苑)のは、古くは、 秋風の乱れそめにしかるかやをわれぞつかねて夕まぐ…

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けなり

起きて見むと思ひしほどに枯れにけにり露よりけなる朝顔の花(新古今和歌集)、 の、 けなり、 は、 まさっている、 格別である、 の意(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 けなり、 は、 異なり、 と当てる(広辞苑)が、 殊なり、 とも(岩波古語辞典)、 羨なり、 とも当て(大言海)、 異(け)なりの義、 …

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領布(ひれ)

萩が花真袖にかけて高円の尾上の宮に領布(ひれ)振るやたれ(新古今和歌集)、 の、 領布、 は、 上代、女性が首にかけ、左右に垂らした装身用の布、 とある(久保田淳訳注『新古今和歌集』)。 領布、 については、 望夫石、 で触れたように、万葉集で、 山の名と言ひ継げとかも佐用姫(さよひめ)がこの山の上(へ)に領布(ひれ)を振りけむ、 …

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拙を養う

谷神如不死(谷神(こくしん) 如(も)し死せずんば) 養拙更何郷(拙を養うは更に何れの郷(きょう)ぞ)(杜甫・冬日洛城北謁玄元帝廟) の、 谷神、 は、老子に、 谷神死せず、是を玄牝(げんぴん)と謂う、 とあるのにもとづき、この句の解釈には諸説あるが、この詩で、 杜甫は老子の精神というほどの意味で「谷神」を理解していたのであろう、 とある(前野直彬…

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星合の空

袖ひちてわが手にむすぶ水の面(おも)に天つ星合の空をみるかな(新古今和歌集)、 の、 ひつ、 は、 漬つ、 沾つ、 と当て、 ひたる、 濡れる、 意(広辞苑)、「ひつ」で触れたように、 室町時代まではヒツと清音、 で(岩波古語辞典)、江戸期には、 朝露うちこぼるるに、袖湿(ヒヂ)てしぼるばかりなり(雨月物語)、 と、 …

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