2019年08月14日

小さな共和国


蔵持重裕『中世村の歴史語り―湖国「共和国」の形成史』を読む。

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本書は菅浦という,琵琶湖北岸,竹生島の対岸にある,七十戸ほどの小さな集落の「菅浦文書」にもとづく,生き残りの歴史である。この文書は,

「中世の『村の歴史』を書き残した唯一と言ってよい」

史料である。これが残ったのは,

「西北となりの大浦庄と『日差』『諸河』という葛籠尾崎(半島)の緩斜面の耕地を争った」

訴訟を繰り返した,

「死者数・動員軍勢・その組織性・戦術・戦争法(ルール),近隣への影響,費用の大きさから,戦争とでも表現したほうが適当な大騒動であった」

からである。本書は,その「村の歴史」を記した「置書」を読みながら,

「生存をかけて,京と比叡山という中央に関わりを持ちながら,また山と港の湖北地域という社会環境の中で,ひとつの『共和国』を形成して,生き延びた菅浦惣村の姿をあきらかにしよう」

とした。この集落を「共和国」というのは,

「この集落が,乙名を指導者とする行政組織を持ち,在家を単位とする村の税を徴収し,若衆という軍事・警察組織を持ち,裁判も行い,村の運営を寄合という話し合いで進め,そのため構成員は平等な議決権を持つ,自治の村落だからである。」

史料の言葉で,これを,

惣村,

と呼び,

「惣の目的は住民の家を保護することで,平等観念は一揆の原理」

と同じである,という。組織は,大浦との戦いの中で,調えられ,

乙名(20名),中老(2名×東西),若衆,

という年齢階梯組織になっていく。まさに,中世の村の,

自力救済,

という原理の見本であり,

領主-村関係,

の在り方自体が,従来の支配関係ではなく,

契約関係,

であることの見本を見る。つまり,

在地の選択で領主を変更し得る,

ということなのである。菅浦では,

我々為地下改分致奉公之時ハ,年貢ハ可有沙汰事候,

という。つまり,地下(じげ)とは菅浦村民を指す。

「領主が地下のために“奉公”した時は地下は年貢を納めるべきである」

と言い切る。つまり,

「中世の紛争解決の基本は自力救済である…。それはその通りなのであるが,自力の道はリスクが大きいことも認識しているのである。平和確保の“しんどさ”,それが有償でも武士を雇う関係を時に生み出すのである。在地の人々にしてみればそうした保護機能こそ領主に期待した。領主がそれに応えてくれるからこそ年貢も出すのである」。

菅浦は,訴訟に勝つために,複数のルートを確保する。著者は,それは,

「情報ルートの結節点・プロバイダーにアクセスする回路を開いておくことなのだ。したがって,地下からみれは領主を一つに固定する必要はないのである。その例を菅浦は示している」

と喩えている。

「最終的な高家・権門である朝廷・幕府こそ日本のあらゆる地域・階層へのコンタクトをもつ家・機関であり,国家とはそうしたコトなのである。どこの誰と紛争を起こそうと,情報ルートさえあればともかくも平和への糸口があるのである。領主-地下・領民という上下の支配関係とは結局こうした『頼み』の関係の固定・定期契約なのである」。

こうした訴訟は,金がかかる。結局,

訴訟経費は二年で二百貫文,
地下兵粮五十石,
酒代五十貫文,

「此入目ニ五六年ハ地下計会して借物多く候也」

と「置書」は書く。著者は,

「この経費は,手に入れたもの=日差・諸河の田地に見合うのであろうか。」

と問う。

ただここで,一貫文 = 一石としている概算はちょっと疑問だ。たとえば,

1貫文 = 2石(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%AB),

とすると倍だし,

「一貫を米五石とする」(日本戦陣作法事典)

とすると,五倍になる。

「貫高を石高に換算すると全国的に1貫文=2石であったが、一部の地域では差異があり、江戸時代も貫高制を続けた仙台藩では1貫文=10石であった」

となる(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B2%AB%E9%AB%98%E5%88%B6)と,十倍になる。まあそれを勘案するとして,著者は,こう結論する。

「菅浦の負担する年貢は応永年間(1394-1428)以降,年に二十石・十貫文,他に麦・枇杷等で推移する。文安三年(1446)当時京都での和市(わし)は一石当たり九八六文であったという。ほぼ一貫文と考えると,米錢合わせ年貢は三十貫文になるから,トータルで三百貫文(二百貫文+五十石+五十貫文)の経費は年貢十年文であった。訴訟費用だけで約七年間分である。これを髙いと見るかどうかである。菅浦は採算を見てとったはずである。だからこそ戦った。」

と。

参考文献;
蔵持重裕『中世村の歴史語り―湖国「共和国」の形成史』(吉川弘文館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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2019年08月13日

じだんだ


「じだんだ」は,

地団駄,
地団太,

と当てる。「じだんだ」は,

ジタタラ(地蹈鞴)の転,
とか,
「じたたら(地蹈鞴)」の音変化,

とある(広辞苑,デジタル大辞泉)。「じたんだ」は,

地団駄を踏む,

という言い回しで使う。

足で地を何回も踏みつける,

状態表現だが,

悔しがって足を踏み鳴らす様子,
あるいは,
怒りもがいて激しく地面を踏む,

意で使う。室町末期の日葡辞書にも載る。

地蹈鞴を踏む,

の転訛で,

地団駄をふむ,となったものらしい。

「地蹈鞴」とは,

じたたら,
じだたら,
じただら,

とも訓ます。

蹈鞴(たたら),

と同じ意味である。語源由来辞典は,

「激しく地面を踏み鳴らすさまが,蹈鞴を踏む仕草に似ていることから『地蹈鞴(じだたら)』と言うようになり,『地団駄(じだんだ)』に転じた。『じんだらを踏む』『じんだらをこねる(地団駄を踏んで反抗する・駄々をこねる)』など,各地に『じんだら』という方言が点在するのも,『地蹈鞴(じだたら)』が変化したことによる」

としている。柳田國男も,

「尻餅をつき,両足を投げ出してばたばたさせることをいう関東方言のヂンダラ」

も同系統としている(日本語源大辞典)。

蹈鞴は,蹈鞴製鉄の意で,「たたら」という文字は,

「『古事記』(712年)に『富登多々良伊須々岐比売命ほとたたらいすすきひめのみこと』、『日本書紀』(720年)では『姫蹈鞴五十鈴姫命ひめたたらいすずひめのみこと』と出てくる」

のが初見とされるhttp://tetsunomichi.gr.jp/history-and-tradition/tatara-outline/part-1/ほど,

「日本において古代から近世にかけて発展した製鉄法で、炉に空気を送り込むのに使われる鞴(ふいご)が『たたら』と呼ばれていたために付けられた名称。砂鉄や鉄鉱石を粘土製の炉で木炭を用いて比較的低温で還元し、純度の高い鉄を生産できることを特徴とする。近代の初期まで日本の国内鉄生産のほぼすべてを担った」

とあるhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%81%9F%E3%82%89%E8%A3%BD%E9%89%84

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(踏み鞴による送風作業(『日本山海名物図会』)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%9F%E3%81%9F%E3%82%89%E8%A3%BD%E9%89%84より)


「蹈鞴」は,大言海は,

「叩き有りの略轉,踏み轟かす義」

とするが,

板を踏んで風を送るときの音から(瓦礫雑考),
鉱石を爛らかし熔かす器具デアルトコロカラ,タタはタダレ(爛れ)の語幹,ラは接尾語(日本古語大辞典=松岡静雄),

などもあり,擬音説は捨てがたい気がする。

「蹈鞴」については,

蹈鞴を踏む,

という言い回しがある。

蹈鞴を踏んで,空気を送る,

意と,

勢い込んで打ちまたは突いた的が外れたため,力が余って,空足を踏む,

意で使う(広辞苑)が,これよりは,

よろめいた勢いで,勢い余って数歩ほど歩み進んでしまうこと,
足踏みすること,

という意味(実用日本語表現辞典)の方が実態に近い。

「から足を踏む」 動作と 「蹈鞴を踏む」 動作が同一視できるものなのかどうか,ちょっと疑問に思える,

という印象(https://mobility-8074.at.webry.info/201610/article_21.html)がなくもないが,

「たたらを勢いよく踏むさまが、空足を踏む姿と似ていることから、勢い余って踏みとどまれず数歩あゆむことを『たたらを踏む』というようになった」

ということでいいのかもしれない(語源由来辞典)。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
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コトバの辞典;
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2019年08月12日

ないがしろ


「ないがしろ」は,

蔑ろ,

と当てる。「蔑」(漢音ベツ,呉音メチ)は,

「会意。大きな目の上に,逆さまつ毛がはえたさまに戈(カ 刃物)をそえて,傷つけてただれた目を表した。よく見えないことから,転じて,目にも留めないとの意に用いる」

とある。

ただれた目→よく見えない目→相手を目にも留めない,無視する→相手をけなす,

といった意味の転化のようである。

「ないがしろ」は,

他人や事物が,あっても無いかのように侮り軽んずるさま,

の意で,そこから転じて,

人目を気にしないこと→うちとけたさま→無造作なさま→しどけないさま,

等々と意味が変わっている。「ないがしろ」は,

だから,

あってもないかのごとく,

の意である。

「無キガシロ(代)の音便。無いも同然の意」

とある(広辞苑・大辞林・岩波古語辞典)。天治字鏡には,

「蔑,無加代也」

とある。日本語源広辞典の解釈だと,

「『無き+しろ(代,材料,対象)』です。他人の目を気にしない,気ままの意です。転じて,現代語では,あってもなかったように軽く扱う意です」

となるが,これでは,「蔑」の字を当てた古人の意図が消えてしまう。また,日本語の語源は,

「ナキガムシロヨシ(無きが寧ろ良し)は『ム』『ヨシ』を落としてナイガシロ(蔑ろ)になった」

とするが,これだと,「ないがしろ」の意味が少し変わり,ガンムシの意味が薄らぐ。「蔑」の字を当てた意味が飛んでしまうのではないか。あくまで,

あってもなきがごとく,

であるからこそ,「蔑」の字を当てる意味がある。

「ナキガシロ(無代)」の他,多くは,

ナキカステラ(無為)の義(言元梯),
ナキ(無)カ-シリ(領)オの義(国語本義),
無が如しの義(柴門和語類集),

としている。

「ないがしろは、『無きが代(なきがしろ)』がイ音便化された語。『代(しろ)』は『身代金』などにも使われるように、『代わりとなるもの』を意味する。『代』が無いということは、『代用の必要すら無いに等しい』という意味である。 つまり、人を無いようなものとして扱うことの意味から、軽視したり無視することを『ないがしろ』というようになった」

という説明(語源由来辞典・由来・語源辞典)が正確である。

現代の使い方は,

蔑ろにする,

が多いが,

「無いのと同じように扱う、という意味。寝ている親を思い切り蹴飛ばしておきながら、『なんだ、そこにいたのか。気がつかなかった』というようなことを平気で口走る態度を『親をないがしろにする』と言う」

と(笑える国語辞典)と,ほぼ当初の意味を保持しとている。むしろ,

あってもないかのごとく,

の意が転じた,

人目を気にしないこと→うちとけたさま→無造作なさま→しどけないさま,

という使い方は,

「小桂(コウチギ)だつもの,ないがしろに着なして」(源氏)
「装束,しどけなげにて,参り給へり,鬢のわたりも,打ちとけて,ないがしろなる御うちとけすがたの」(狭衣),

は平安期のみのように見える。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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ラベル:蔑ろ ないがしろ
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2019年08月11日

にやける


「にやける」というと,

にやついている,
にやにやしている,

という意味に思う。しかし,

ニヤケの動詞化,

として,

男などがめめしく色めいた様子,

とある(広辞苑)。「にやけ」は,

にゃけ,

とも言い,

若気,

と当て,

若衆,かげま,
男子の色めいた姿をしたさま,

とあり,「かげま」の意味の転化なのか,

肛門,

の意もある(広辞苑)。岩波古語辞典には,「にやける」は載らない。代わりに,

若衆,
若俗,

と当てる,「にゃくぞく」が載り,

若い人,十四,五から十八,九歳までの若者,
特に,男色の対象としての若衆,

とあり,さらに,

若道,

とあてる「にゃくだう」は,

男色,

を指す。大言海は,

若衆道の略,

とし,

弱(にゃく)の音の活用か,

とする。「若気」は当て字なので,なよなよしたさまを「弱(にゃく)」としたのは頷けなくもない。

江戸語大辞典は,「にゃける」に,

若気る,

と当て,

にゃくけ(若気)→にゃけ(縮約)→にゃける(動詞化),

の転訛とし,

男の容貌・風姿が女性的である,
男のくせになまめかしい,

の意を載せる。しかし「にゃけ」に,

にやけたさま,

としているので,この時点で,本来別の,

にやける,

という意味が重なっていることを思わせる。

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にやっ,
にやにや,
にやり,
にやつく,

は,

声に出さず薄笑いを浮かべるさま,

の意の擬態語である。「にやにや」は,

「鎌倉時代から見られるが,当時は者が粘りつく様子を表した。『ねばき物を「にやにやとある」といへる如何といっているのはなぜか』(名語記)。『にやにや』笑うことを意味する『にやつく』も本来は,粘りつくことを表す語だった」

とある(擬音語・擬態語辞典)。さらに,こう付け足す。

「『にやつく』の類義語である『にやける』は本来は男色にかかわる語で,男性が女性のように艶っぽくふるまうことを表した。『にやにや』『にやつく』『にやける』が,薄笑いを浮かべる様子を表すようになるのは,明治時代以降である」

とある。

「にやける」は,語源由来辞典に,

「鎌倉・室町時代に男色を売る若衆を呼んだ言葉で、『男色を売る』という意味から『尻 (特に肛門)』も意味するようになった語である。」

とあるので,

にやける(若気),

にやにや,

は,全く別の意味で同時代に,共存していたことになる。「にやにや」が,

粘りつく→薄笑い,

へと転じたのが明治,「にやける」は,江戸期を通じて,

若衆,

の含意を保ち続けている。ここからは憶測だが,確か新渡戸の武士道美化に対して,

「薩摩琵琶と関係の親密な『賤のおだまき』は之を何とか評せん。元禄文学などに一つの題目となれる最も忌まわしき武士の猥褻は,余りに詩的に武士道を謳歌する者をして調子に乗らざらしむる車の歯止めなるべし」

との批判があった(http://ppnetwork.seesaa.net/article/388163232.html)。そうした男色への批判的な空気が,

にやつく,

にやける,

の意味を重ねたのではないか。本来,

にゃける,

であった「若気る」が,

にやける,

になったのは,明治である(日本語源大辞典)。「にやける」と「にやつく」が重なるはずである。

平成23年度の「国語に関する世論調査」では,「にやつく」の意味を,

薄笑いを浮かべている・・・・・・・・ 76.5%,

とし,

なよなよとしている・・・・・・・・・ 14.7%,

の意味を圧倒している。いまや,

にやつく,

にやける,

の意味は重なって使われている。

参考文献;
山口仲美編『擬音語・擬態語辞典』(講談社学術文庫)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田勇編『江戸語大辞典 新装版』(講談社)

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2019年08月10日

ぬかす


「ぬかす」は,

抜かす,
吐かす,

と当てる。

「言う」「しゃべる」の意を卑しめていう語,

として,

言いやがる,

という意味である。室町末期の日葡辞書にも,

ナニヲヌカスカ,

と載る。しかし「抜かす」には,

追い抜かす,

というように,

仲間から抜かす,
居ない人は抜かして回覧,
順番を抜かす,

という,

外す,
間を飛ばす,

という意で使う言い方もある。あるいは,

現金を抜かす,

という使い方の,

抜き取る,

意や,

腰を抜かす,

という使い方の,

力をなくす,

という意もある。更には,

ある場所から逃げ出させる,

意の,

「権三様をもあの婆が、見ぬやうにそっと抜かして往 (い) なせませ」〈浄・鑓の権三〉

という用例もある。日本語源広辞典は,

「語源は『ヌクの未然形+ス(語尾)』です。順番をヌカス,腰をヌカス,のように使います。罵る言葉のヌカスも同源です。不満や怒りなどを言葉にして抜くとみる動詞で,吐カスの字を当てます」

とするが,「ぬかす」は,

不満や怒りなどを言葉にして抜く,

という含意ではない。どちらかというと,すでに触れた,

ほざく(http://ppnetwork.seesaa.net/article/468674126.html?1565289594),

という同じく,相手の言動を揶揄しているにすぎない。

大言海の「ぬかす」の項は,

抜きて除くる。漏らす,

で,

脱,

を当てる。さらに,

漏らす意より転じて,物言ふ,口に出す,

の意とし,

罵る鄙語,

とする。用例を見ると,

「その上,男をうつけたとぬかす,おのれの堪忍がならぬ」(狂言記・河原新市)

とある。

ヌカス,ヌカサスは口より漏洩の義(俚言集覧),

も同趣旨である。

抜き取る→漏洩する→漏らす→しゃべる,

と,「ぬかす」の意味が転訛していった,と見るのが妥当に思える。

抜けさせるい,その転用(上方語源辞典=前田勇),

もその流れで見ると分かりやすい。笑える国語辞典の,

「抜かすとは、大阪あたりで『なに、ぬかしとんねん』(「あなたは何を言っているのですか?(私には理解しかねます)」の意)などと使われるように、『言う』の俗語的表現である。『抜けさせる』の意味で、口から言葉を抜けて出させる、つまり、あまりよく考えもせずに言葉を口から出してしまうというニュアンスがあり、主に、そんな『抜かした』発言を受けた相手が、発言者を非難するために用いる」

とあるのも,「抜けさせる」を「しやべらせる」と考えると,何となく納得がいく。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

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2019年08月09日

ほざく


「ほざく」は,

他人がものを言うのをののしっていう語(「ヤア餓鬼も人数、しをらしいことホザいたり」浄瑠璃・国性爺合戦,「ぬけぬけとホザくな」),
動詞に添えて、他人の行動をののしっていう語(「盗みホザいたな」浄瑠璃・心中天の網島),

というあまりいい言葉遣いではない(広辞苑)。

「ホサクの転か」

ともある。「ほさく」は,

祝い事を言う,ほぐ(祝ぐ),
と,
呪い事を言う,呪う,

の両様の意味がある(仝上)。「ほぐ」は,

平安時代まで清音,

とあり,

ほ(祝)く,

であった。

良い結果があるように,祝いの言葉を述べる,たたえて祝う,
と,
悪い結果になるように呪詞を述べて神意を伺う,呪う,

意がある。岩波古語辞典には,「ほぐ」は,

祝ぐ,
禱ぐ,

を当て,

祝い言を言う,

意しかない。「のろう」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/403152541.html)で触れたように,呪う

は,語源的には,

「祈る(ノル)」+「ふ」

で,基本は,「祈る」の延長戦上にある。「のろう」は,

呪う,
詛う,
咒う,

と当てる。「呪」(咒 ジュ,呉音シュ,漢音シュウ)は,

口+兄

で,もともとは,「祈」と同じで,神前で祈りの文句を称えることなのだが,後,「祈」は,

幸いを祈る場合,

「呪」は,

不幸を祈る場合,

と分用されるようになった,とある(漢字源)。「詛」(漢音ソ,呉音ショ)の,



は,俎(積み重ねた供えの肉)や阻(石を積み重ねて邪魔をする)を示す。「詛」は,その流れで,

言葉を重ねて神に祈ったり誓ったりする,

の意味だ。どちらも,神に祈る行為の延長戦上で,

自分の幸,

ではなく,

他人の不幸,

を祈るところへシフトする。しかも,

他人の不幸を実現することで自分の幸を実現しようとする

という,屈折した祈りだ。「呪う」意にしろ「祝う」意にしろ,

ほさく,

と,相手が物を言うのを嘲る,

ほざく,

では,ちょっと含意が異なりはしまいか。いまひとつ,

ほた(嘐)く,

由来とする説がある(日本語俗語辞典)。

自慢そういう,

意である。少なくとも,

勝手にほざいてろ,

という使い方の意味とはつながる。この転訛ではあるまいか。

ほたく(自慢そうにいう)→ほざく(言うことを罵る),

の転化なら,あり得る。

「ほざくとは『話す・言う』という意味で、他人の話しの内容や話した人に対して罵る意を込めて使われる言葉であるこのため自分が話す行為を『ほざいてやった』『ほざいてくる』といった使い方はしない。ただし、若者の間で聞き手を罵る意を込め、あえてこういった使い方をすることが増えている。また、反省をする場合に『あんな風にほざいてごめん』という形では昔から使われている。」

という(仝上)用例から見ると,「うそぶく」意の,

吹く,

含意がある。あるいは,それを揶揄する意味がある。

「『天皇が自分の意見を世に伝える』という意味で使われていた尊敬語『のたまう』は、現在では、『これはまた異なことをのたまうものだ』『また酒に酔ってのたまっていた』など相手の言うことに、皮肉めいたニュアンス伝えるために使われることがあります。現在の『のたまう』に近いニュアンスの言葉に『ほざく』があります。」

とある(https://tap-biz.jp/lifestyle/word-meaning/1052998)のは,「ほざく」と「のたまう」の,相手の言動を揶揄する含意に着目したものとみることができる。

参考文献;
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
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コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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2019年08月07日

ブタ


「ブタ」は,

豚,
豕,

と当てる。「豚」(漢音トン,呉音ドン)は,

会意。肉+豕,

で,「豕」(シ)は,

象形。いのしし,またはぶたの姿を描いたもの。からだが直線状をなして曲がらず,短い形をしている意を含む,

で,いのしし,または豚の意。「いのしし」は,

猪,
豬,
豕,

と当てる。「猪」(チョ)は,

会意兼形声。「豕+音符者(充実する,太る)け。肥ったいのしし,その家畜となったのがぶた,

で,猪の意であり,転じてふとったぶたの意でもある。いのししとぶたは,あまり区別されていない(漢字源)。なお,

「現代中国語では、『ブタ』は『豬(=繁体字)/猪(=簡体字)』と表記され、チュー(zhū)と呼ぶ。古語では『豕』(シー shǐ)が使われた。西遊記に登場する猪八戒はブタに天蓬元帥の魂が宿った神仙で、『猪(豬)』は『朱』(zhū、中国ではよくある姓)と音が通じるために姓は『朱』にされていた。しかし明代に皇帝の姓が『朱』であったため、これを憚ってもとの意の通り『猪(豬)』を用い、猪八戒となった。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%82%BF)。

日本では,弥生時代,遺蹟にいのししだけでなく,ぶたの発見があったとされてきたが,

「255塩基対を含む574塩基対による系統解析を行い、10資料のうち6資料が現生イノシシと同じグループに、4資料は東アジア系家畜ブタと同じグループに含まれ、大陸から持ち込まれた家畜豚は九州・四国の西日本西部地域に限られている点を指摘した」

とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%82%BF),いのししの家畜化したぶたは国内で発見されることなく,中国から,ぶたを持ち込んだものとされている。古墳時代になると,

「遺跡からもブタの骨は出土している。『日本書紀』『万葉集』『古事記』にみられる『猪飼』『猪甘』『猪養』などの言葉の『猪』はブタの意味であり、ブタが飼われていた」

とされる(仝上)。漢字での「豕」「豚」を,和語「ぶた」に当てはめたのは,どうやら,弥生時代もかなり新しくなって以降と思われる。

「『播磨国風土記』賀毛郡山田里に仁徳天皇の御代に豬を放飼した地とある。安康天皇の御代に山城国に豬飼(豚飼)がいた」

とある(日本語の語源)。既に「ブタ」が飼育されていた。

さて,この「ブタ」の語源について,めずらしく大言海の説明が長い。

「南洋語腿(もも)の義。馬来(マレイ)語ベチス,スンダ(sunda),ビチス。暹羅(しゃむ)語バチ。支那人,此語を本邦に入れたりとおぼゆ。さるは,豚の腿を燻製したるものを,臘乾(らかん 広東語なるべし)と云ひ,其品,渡来してブタと呼び,後に其獣の渡りて,なの移れりと考ふ。さる理(ことはり)のあるべきは,キサ(象)は,初,象牙の渡りて,牙を橒(キサ)あるより名とし,遂に獣名に移れり。ウメ(梅)も,初,梅干にて渡り,烏梅(ウメ)と呼びしが,生なる種の渡来して,植ゑて成長し,遂に樹名となれり。これらと同趣なるべし。沖縄にて豚をウワァと云ひ,朝鮮にてトヤジと云ふ。或は云ふ,万葉集十二『驄馬(アシゲウマ)の,面高夫馱(オモタカブタ)に乗りて來べしや』,同十八『馬に布都麻(フツマ)に,負せもて』とあるは,太馬(フトウマ)の約なれば,上の面高夫馱も面高太なるべし(面高は面を髙くさしあぐるなり)。因りて,ブタ(豚)も太く肥えたれば,豬太(ヰブト)の上略轉の語なるべし」

と。しかし弥生時代に既に「豚」が存在する以上,燻製→現物という苦心の説も意味がない。後半の,「豬太」と同じ趣旨なのが,

「豬+太,ヰブタからヰが脱落」

であり(日本語源広辞典),

「フトキ(太き)毛物は,フトがブタ(豚)になった」(日本語の語源)

と,

「この獣が太って肉がブタブタしていたところから」(たべもの語源辞典)

は,ほぼ同趣旨である。

「ぶたぶた」を擬態とする説(和訓栞)もほぼ同じである。

800px-Sow_with_piglet.jpg



その他に,鳴き声説もある。

「『フト(太)』と鳴き声の『ブー』が合わさり,ブタになった」

とする説(語源由来辞典),

外国語由来とする説は,大言海以外にも,

豚の意の朝鮮語チプトヤナの略轉(言葉の研究と古代の文化=金沢庄三郎),
猪の意の蒙古語ボトンと関係があるか(日本の言葉=新村出所引),

もある。

個人的には,太っているとする擬態語説に与したい。初見の驚きがあるように思うが,どうであろうか。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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ラベル: ブタ
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2019年08月06日

刎頸の交わり


「刎頸の交わり」とは,

生死を共にして,頸を刎ねらるとも,渝(かは)らざる親交,

の意(大言海)である。「知己」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/462034468.html)は,「史記列伝」の,

士は己を知る者の為に死す,

に基づく,

自分の心をよく知っている人,

の意だが,「知音」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/461615668.html)は,

子期死して伯牙復琴をかなでず,

断琴の交わり,

とも言うような,相手が死ぬと,

世に復た琴を鼓すに足る者無し,

と言わしむるような友を指す。

莫逆の友,
竹馬の友,
肝胆相照らす,
管鮑の交わり,
金蘭の交わり,

等々,いずれも友の意だが,「刎頸の交わり」は,単なる友情を指すのではない,と思う。出典は,「史記」廉頗藺相如伝の,

「廉頗,…至藺相如門,謝罪曰,鄙賤之人,不知将軍寛之至此也,卒相與驩,為刎頸之交」

の,

卒(つひ)に相与に驩(よろこ)びて刎頸の交はりを為す,

から来ている。その謂れは,少し長いが,

「藺相如は大国秦との外交で体を張って宝物『和氏の璧』と趙の面子を守り、趙王に仕える宦官の食客から上卿(大臣級)に昇格した。しかし歴戦の名将である廉頗は、口先だけで上卿にまで昇格した藺相如に強い不満を抱いた。それ以降、藺相如は病気と称して外にあまり出なくなった。
ある日、藺相如が外出した際に偶然廉頗と出会いそうになったので、藺相如は別の道を取って廉頗を避けた。その日の夜、藺相如の家臣たちが集まり、主人の気弱な態度は目に余ると言って辞職を申し出た。だが藺相如は、いま廉頗と自分が争っては秦の思うつぼであり、国のために廉頗の行動に目をつぶっているのだと諭した。
この話が広まって廉頗の耳にも入ると、廉頗は上半身裸になり、いばらの鞭を持って、『藺相如殿、この愚か者はあなたの寛大なお心に気付かず、無礼をしてしまいました。どうかあなたのお気の済むまでこの鞭で叩いて下され』と藺相如に謝罪した。藺相如は『将軍がいてこその趙の国です』と、これを許し、廉頗に服を着させた。廉頗はこれに感動し『あなたにならば、たとえこの首をはねられようとも悔いはございませぬ』と言い、藺相如も同様に『私も、将軍にならば喜んでこの首を差し出しましょう』と言った。こうして二人は互いのために頸(首)を刎(は)ねられても悔いはないとする誓いを結び、ここに『刎頸の交わり』という言葉が生まれた。この二人が健在なうちは秦は趙に対して手を出せなかった。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%88%8E%E9%A0%B8%E3%81%AE%E4%BA%A4%E3%82%8F%E3%82%8A)。

この話には前段があり,趙の「和氏の璧」(かしのへき)という天下に名高い国宝を,秦王がぜひともこほしいから秦の15城と交換しないかと言ってきました。趙の側としては願ってもいない破格の好条件です。しかし、約束が守られる保障はまったくありません中国一の強国に対しては,「和氏の璧」を持って秦に伺うのが礼儀。この大役を任され,無事に持ち帰ったのが「食客」であった藺相如(りんしょうじょ)であった(http://housuu.com/c4.html)。

刎頸の交わり,

に似ているのが,

水魚の交わり,
爾女の交わり,

等々がある。よく似ているのが,

水魚の交わり,

で,

水と魚のような交わり,

の意で,「蜀志」諸葛亮傳の,

「狐之有孔明,猶魚之有水也。願諸君勿復言」

による。「狐」は帝王の自称,つまり,

劉備が諸葛孔明と自分との間柄をたとえた,

ものなので,単なる友情を指してはいない。

爾女の交わり,

も,

互いに「おまえ」「きさま」などと呼び合うようなきわめて親密な交際,

を指すが,単なる友情を指しているように思える。

こう見ると,個人としての友情の強さを示す言葉はたくさんあるが,

刎頸の交わり,
水魚の交わり,

のように同志,というか共に何かを目指すという交わりを表現する言葉が意外と少ないのに気づく。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
尚学図書編『故事ことわざの辞典』(小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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書評
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2019年08月05日

煎餅


「煎餅」は,

せんべい,

と訓ませるが,中国語で,

餅を焼きたるもの,

とあり(字源),我が国では,

うどん粉に砂糖ををまぜ,種々の型に入れて薄く焼きたる菓子,

をいう(仝上)。やっかいなことに,「煎餅」は,

小麦粉,
粳米,
もち米,

と材料が異なり,地域によって,「煎餅」という言葉で,イメージするものが異なる。広辞苑は,

塩せんべいのこと,

と載せ,その上で,

干菓子のの一種。小麦粉,または粳米(うるちまい)・糯米(もちごめ)の粉に砂糖などを加えて種を作り,鉄製の焼き型に入れて焼いたもの,

という意味を載せる。

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(亀の甲せんべい http://www.shimonoseki-edokin.com/shouhin01.phpより)

「煎餅」の「煎」(せん)は,

「会意兼形声。前の刂を除いた部分は,『止(足)+舟』の会意文字。前は,それに,刀印を加えた会意兼形声文字で,もとそろえて切ること,剪(セン)の原字。表面をそろえる意を含む。煎は『火+音符前』で,火力を平均にそろえて,なべの上の物をいちように熱すること」

で(漢字源),「煎る」意である。「煎」は,

「火去汁也」

と註し,汁の乾くまで煮詰める意である。「餅」(漢音ヘイ,呉音ヒョウ)は,

「会意兼形声。『食+音符并(ヘイ 表面を平らにならす)』で,表面がうすく平らである意」

で(仝上),「小麦粉をこねて焼いてつくった丸くて平らな食品」の意で,「もち」の意はない。だから,

「奈良朝時代に中国から唐菓子の一つとして伝来した煎餅は,小麦粉を薄紙のようにのばし,これを油で揚げたものであった」

という(たべもの語源辞典)。和名抄には,「煎餅」を,

世間云如字,

とあり,和訓されておらず音訓みされていたようで,,どうやら,

せんへい→せんべい,

という転訛していったもののようである。いまの「煎餅」の嚆矢は,

「空海が中国で順公皇帝に召され,供せられたものに龜甲型の煎餅があったが,これは油で揚げてない淡泊な煎餅であった。空海は帰朝して,山城国葛野郡嵯峨小倉の里の住人和三郎にこの製法を伝えた。和三郎は,これを作り,亀の子煎餅と名づけて嵯峨天皇に献上したところ『嵯峨御菓子御用』を命ぜられた。彼は亀屋和泉藤原政重と号し,諸人にその製法を伝授した」

とある(仝上)。日本語源大辞典は,こう書いている。

「『天平十一年伊豆国正税帳』には,『煎餅』『阿久良形』『麦形』などをつくるために胡麻油を用意したことが記されており,『天平九年但馬国正税帳』には,『伊利毛知比』の語がことなどから,奈良時代に唐菓子の一種である煎餅があって,『いりもちひ』と呼ばれていたことがうかがえる」

この場合,小麦粉の「煎餅」と思われる。

江戸時代になると,関東では,

瓦煎餅,
龜甲煎餅,
味噌煎餅,
小豆煎餅,
玉子煎餅,
カステラ煎餅,

と多様化し,関西では,

切煎餅,
豆煎餅,
千筋煎餅,
靑海煎餅,
半月煎餅,
小形五色煎餅,
胡麻煎餅,
短冊煎餅,
木の葉煎餅,

等々が作られた,という(仝上)。これらはみな,「小麦粉を用いたもので,瓦煎餅系」である。これとは別に,

「糯(もち)米粉や粳(うるち)米粉を用いた煎餅があった。丸輪の塩煎餅系である」

とある。広辞苑が「煎餅」の意に,塩煎餅としたのは,この故である。

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この「煎餅」の由来は,どうやら別で,似たものは,

「すりつぶした栗や芋類(サトイモ、ヤマイモなど)などを同様に一口大程度に平たく押しつぶして焼いた物が、縄文遺跡の住居跡からも出土している。
吉野ヶ里遺跡や登呂遺跡の住居跡から、一口大程度に平たく潰し焼いた穀物製の餅が出土しており、既に弥生時代には煎餅に近い物が食されていたのではないかと考えられている」

とあり(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%85%8E%E9%A4%85),

「元来、日本では糯(もち)、うるちを問わず、米を蒸したものを『飯』と呼び、今の『強飯』でこれが昔の常食でした。これを搗(つ)きつぶしたものをもち(餅)といいました。餅には生餅と、乾餅(ほしもち)があり、乾餅は別名『堅餅(かたもち)』とも呼ばれて、焼いて食べる保存食として重宝がられました。
 そのため、戦陣に携行する兵糧でもありました。後世、この中に豆や胡麻をついて入れたり、塩味をつける製法が好まれました。これが『塩堅餅』で、これを焼いたものが後の『塩せんべい』で、草加せんべいの源流となっていきます」

とされるのも故がある(https://sokasenbei.com/origin.html)。因みに,草加せんべいは,

「江戸時代、利根川沿岸で醤油が造られるようになると、焼せんべいに醤油を塗るようになりました。草加では、専らこの醤油せんべいが売れるので、従来の塩せんべいは醤油せんべいに代わりましたが、名前は古くからの塩せんべいと言われつづけてきました」

ということらしい(仝上)。和漢三才図絵(1712年)には,「煎餅」の,

「製法は小麦粉に糖密を加えて練り、それを蒸して平たくのばす。適当な大きさにまとめ鉄の『皿範(かたち)』であぶる、とある。このころまでは、せんべいは小麦粉食品という本来の形を守っている。」

とある。で,米の「煎餅」が意識的につくられたのは,文化・文政(1804~29)期らしく,

「江戸で日本人の創作による米を使った丸形の塩せんべいが流行し、江戸っ子はこちらの方を『せんべい』と呼ぶようになった。一方関西では依然として小麦粉せんべいがせんべいであり、米せんべいを『おかき』とか『かきもち』と呼んで区別した。」

とある(https://style.nikkei.com/article/DGXMZO17176370R00C17A6000000/)。こんな流れで,小麦粉由来も,粳米・糯米由来も,ひっくるめて「煎餅」と言っているので,「あられ」や「おかき」との線引きがむつかしいが,いちおう,「あられ」は,

「餅を煎るときに音を立てて跳ね,霰に似ているから付いた名で,小さいもの」

「おかき」は,

「鏡餅を手や鎚で欠き割ったことから『欠き餅』と呼ばれ,女房詞で『おかき』になったもので,霰に比べて大きい」

とされるらしいhttps://chigai-allguide.com/%E3%81%9B%E3%82%93%E3%81%B9%E3%81%84%E3%81%A8%E3%81%82%E3%82%89%E3%82%8C%E3%81%A8%E3%81%8A%E3%81%8B%E3%81%8D/

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(日本の米を原料とする煎餅 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%85%8E%E9%A4%85より)

笑える国語辞典は,こうまとめている。

「煎餅(せんべい)とは、小麦粉や米粉を原料とした焼き菓子。関西方面では、小麦粉に砂糖、卵などを混ぜ、型に入れて焼く瓦煎餅が多く、関東地方では、水で溶いた米粉を薄くのばして焼き、しょう油などで味付けしたものが主である。固い菓子であり、歯が弱くなって固いものがかめなくなった年寄りのところへ持参するいやみなお土産として適している。
 ところで中国や台湾で『煎餅』というと、以前は水に溶かした小麦粉やコーリャン粉を鍋などに薄くのばして焼いたもの、つまりクレープの皮みたいなものを言ったようだが、いまではパンケーキのことを主に言うらしい。」

参考文献;
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
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2019年08月04日


「株」は,

伐り倒した木の残った幹,または根,

つまり,

切り株,

の意であるが,

稲の株,

のように,

植物の何本かが一緒になった根元,

の意,あるいは,

株分け,

のように,

根株を分ける,

意味をメタファにして,江戸時代,

株仲間の組合員の独占した権利,

転じて,

営業上,職業上の特権,

の意になり,更に,

相撲の年寄株,
御家人株,
同心株,

というように,売買される,

役目,身分,名跡,

の意となり,

そこから,いわゆる,

株券,
株式,


の意として使われるに至っている。この経緯を,語源由来辞典は,

株式の「株」は、木を切った後にずっと残っている根元のこと。 株の「ずっと残っている」 という意味から、世襲などによって継続的に保持される地位や身分も「株」というように なった。 そこから、共同の利権を確保するために結合した商工業者の同業組合を『株仲間』と呼ぶようになり、出資の持分割合に応じた権利が保持されることを『株式』と呼ぶようになった,

とまとめている。

さて,「かぶ」の語源であるが,岩波古語辞典は,

株,
頭,

と当て,

「カブラ(蕪)・カブヅチのカブと同根。塊になっていて,ばらばらに離れることがないもの」

としている。

「かぶり」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/463972279.html
「あたま」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/454155971.html

で触れたように,「あたま」は,

かぶ→かしら→こうべ→(つむり・かぶり・くび)→あたま,

という転訛した。その「かぶ」は,「すずな」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/465179244.html)で触れたように,後世,

かぶら(蕪菁,蕪),

と呼ばれる。「かぶら」は,

かぶらな(蕪菜)の略,

で,「かぶらな」は,

「根莖菜(カブラナ)の義」

とあり(大言海),「かぶら」は,

根莖,

と当て,

カブは,頭の義。植物は根を頭とす,ラは意なき辞,

となる(大言海)。「かぶ」は,

あたま(頭),
かぶ(蕪),
かぶ(株),

と同源であり,「かぶと」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/451755286.html)で触れたように,

「頭蓋(カブブタ)の約転(みとらし,みたらし。いたはし,いとほし)」(大言海),
「カブ(頭,被る,冠)+ト(堵,カキ,ふせぐもの)」(日本語源広辞典),
「『かぶ』は頭の意と考えるのが穏当であろうが,『と』については定説を見ない。」(日本語源大辞典),

と,

かぶと,

とも重なる。語源由来辞典は,

「アブラナ科の『カブ( 蕪)』と同源で、『かぶ(頭)』のことと思われる。 『頭』を意味するのは、木を切って残った部分ではなく、根の上が頭を出しているといった認識によるものであろう」

と解釈している。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2019年08月03日

みずくさい


「みずくさい」は,

水臭い,

と当てる。文字通り,

水っぽい,
水分が多くて,味が薄い,

という状態表現だが,これをメタファに,人と人の関係の,

よそよそしい,
他人行儀,

の意で使う。大言海は,

濃き情の淡淡しくなる意か,

とし,

厨人の語。壺の内の鹽氣淡し(越前大野郡にても云ふ),

として,

又,水多くして,味あわし,

とする。もともと料理人の言葉であったのか? とすると,

「食べ物や飲み物の水分が多く、『味気ない』『まずい』ことを『水臭い』と言うことから、比喩的に人に対しても用いられ、愛情の薄いこと、親しい間柄なのによそよそしいことを『水臭い』というようになった」

とする(語源由来辞典)のは違うのではないか。「味のない」ことは,

味が薄い,

とは言うが,

水臭い,

とは言わない気がする。それなら,酒杯をやりとりのやりとりで,

「盃洗(水の入ったどんぶりのようなもの)で杯を洗ってから相手に差し出したのです。それが礼儀なのですが、盃洗で洗った杯で酒を飲むと、酒に微妙に水の味が残り、『水臭い酒』になります。このことから他人行儀なことを『水くさい』というようになった」

という説(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q118920906)の方が,

「この酒,水っぽい」

という意で,

水臭い,

ということはあり得なくもないが,あまり使わない。

「水臭いの『臭い』は、『〜の臭いがしてやな感じ』という意味の形容詞であり、『カビ臭い』『生臭い』『バタ臭い』などと用いる。したがって、『水臭い』とは直訳すれば『水の臭いがしてやな感じ』となるが、水は臭いがしないので、『何の臭いもしないほどやな感じ』、つまり『親しい間柄なのによそよそしくてやな感じ』とか『水のように味のしない酒』といった例えに用いられる」

というの(笑える国語辞典)が「水臭い」の解釈では,わかりやすい。

「みずくさい」が,

よそよそしい,

の意とすると,その反対は,

親しい,
仲がいい,
あるいは,
睦まじい,

である。室町時代までは,濁らず,

むつまし,

立ったようであるが,「むつまじい」は,

水入らず,

とも言う。大言海は,

親しきものの中に,疎きものの混じるを,油に水の入りたる如しという譬えより出づ,

とある。そういう譬えがあるかどうかは分からないが,語源由来辞典も,

「質が違っていてしっくり解け合わないさまを『油に水』というのに対し、親しい者だけが集まった状態を、油に水が入っていないところからいうようになったもの。 つまり、『水入らず』で水が混じっていないといっているものは油で、『油』が『内輪の者』『親しい者』を、『水』が『他人』を表している」

としている。江戸語大辞典も,「水入らず」の意を,

近親者ばかりが集まっていること,
他人を交えないこと,

とし,

転じて,

きわめて親しき者の間柄にもいう,

とあるので,油と水の喩えは,当たっているようである。俚言集覧にも,

「親しい者の中に疎い者のはいるのを,油に水の混じった状態にたとえるのに対し,水の入らない親しい者ばかりの意」

とある。

水を差す,

というのは,

上手くいっているのに,邪魔して不調にする,

意であり,相撲の,

水入り,

とは,

双方を分ける,

意である。冷たい「水」には,

冷ます,

効果が,確かにある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
芳賀矢一校閲『日本類語大辞典』(講談社)

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2019年08月02日

おとなしい


「おとなしい」は,

大人しい,

と当てる。「大人」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/468452762.html?1564598292)で触れたように,「大人」は,

成人の意である。今日は,日本語語感の辞典が,

性質や態度が穏和で従順な意,

として使うとするように,

落ち着いて穏やかである,
とか,
素直で落ち着いている,

といった,

穏やかさ,

の意味で使うことが多い。「大人し」は,

大人らしい,

大人っぽい,ませている,

年かさで物の心得がある,

という意味の流れ(岩波古語辞典)は,「大人」の意味の外延として不思議はない。まあ,

大人らしい,

品行方正である,

まで(江戸語大辞典)も,意味の外延になくはない。しかし,

温順である,
素直である,

の意は,どこからきたのだろう。

年配である,

一族の長らしい、また、年長者らしい思慮、分別がある,

従順,温和である,

の意味の転換も,ちょっと分からない。荒々しくない,逆らわないのが,我が国流の「大人」という拡大解釈をするなら,別だが。

「おとなしいは,『 成人』を意味する『大人』を形容詞化した語。元々,おとなしいはその言葉通り『成熟しているさま』を表したが,『思慮分別が備わっていて年長者らしい』といった意味が含まれるようになったことで,『大人びている』『大人っぽい』など実際の年齢を問わない表現となった。『大人のような』といった意味から,『穏やか』『落ち着いている』『静か』という意味が含まれるようになり,『素直なさま』『従順なさま』も表すようになった。更に,『おとなしいデザイン』というように,人間以外のものに対しても落ち着いた性質を『おとなしい』と表現するようになった」

とする語源由来辞典の説明も,

穏やか,落ち着いている,静か,

素直なさま,従順なさま,

には,価値の転換がある。「穏やかである」「落ち着いている」は,ある意味,状態表現である。それを,

素直なさま,従順なさま,

という価値表現に飛躍させるのは,どこかいかがわしい。日本語源広辞典は,

「語源は,『大人+シ』です。静かで,落ち着いて,従順な人を,オトナシイ人と言います。子供の性質状態によく使うのですが,現在では,年配の人にも,『お爺さんは,仕事疲れとお酒で,おとなしく休んでいやはるわ』などと使います。ところが,驚いたことに,オトナシの語源は,大人+シなのです。したがって,成人や老人には使わなかった言葉です。本来,聞き分けのない乱暴な子供が,大人にようにものわかりよく,温順な場合に,使ったと言われます」

とする。「大人しい」が,このように,

子供に使う,

言葉であるならば,

穏やか,落ち着いている,静か,

素直なさま,従順なさま,

の価値転換は納得できる。大言海も,「おとなし」を,

老成,

と当て,

「大人(オトナ)を活用す。男男(ヲヲ)し,女女し,稚子(ヤヤコ)しなど同趣なり」

として,

成人(おとな)びたり,
ませたり,

の意を載せる。

宿老(おとな)らしい,

の意も,その意味に倣うなら,

宿老(長老)にふさわしくなった,

という含意になる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
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2019年08月01日

大人


「大人」は,

おとな,

と訓むが,「しゅうと」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/468403976.html?1564512521)で触れたように,

うし,

とも訓ます。これは江戸期の国学者の再生させた言葉である。ほかに,

だいじん,
だいにん,

等々とも訓ます。多少意味の幅は異なるが,いずれも,

成人,

の意を持つ。「おとな」は,同じく,

大人,

と当てているが,

うし,

とは少し由来が異なるようである。「おとな」は,

乙名,

とも当てる。岩波古語辞典は,

「成人式をすませた人の意。オトはオトトケシのオトと同根か。ナはオキナ(翁)・オミナ(嫗)などのナに同じか」

とある。「おととけし」とは,

巨大である,

という意で,「だいじん」と同意になる。「だいじん」「だいにん」は,

小人の対,

で,

からだの大きい人,

の意から,

一人前の人間,

「おとな」の意となり,メタファとして,

大人物,

の意から,

徳の高いりっぱな人,
度量のある人,
地位や身分の高い人,
父・師,

と,「うし」の意に重なる。

「おとな」は,成人,

男子なら,元服式をすませた者,
女子ならば裳着(もぎ)をすませた者,

つまり,

社会的に一人前の義務と資格とを与えられた者,

をさす(仝上)。「だいじん」と同じように,

精神的・肉体的に成熟した人,
(女房などの)頭に立つ人,
長老,

の意となる。「長老」「宿老」の意では,

乙名,

と当てることが多い。信長公記では「おとな」は,家老を指し,信長に付けられた,林秀貞,平手政秀は「おとな」とされる。徳川幕府の「老中」も,宿老であり,「おとな」に当たる。

この「おとな」を,大言海は,

「大人成(おほひとなり)の約略。旅人(たびひと),たびと。大成(おほきなり),おきな(翁)。大女成(おほめなり),おみな(嫗)。小女成(をめなり),をみな(女)。項後(うなじり),うなじ。禮代(ゐやじり),ゐやじ」

とする。

オホヒトナ(大人名)の義か(和訓栞),

も同種だが,日本語源広辞典は,

「オオ(大)ト(人)ナ(成・名)」

とする。

「『観智院本名義抄』に『長』に『オトナツク』という訓があり,人として長じたようすを指すものと思われる。『書言字考節用集』では漢籍にある『家長・傳御・監奴・老長』などの用字に『おとな』と訓みをつけるなど,(一族,集団のおもだった者,かしら等々の意の)勢力は長く続いたが,近代以降では,(成人式を終えた男女)の意として専ら用いられた」

とある(日本語源大辞典)ので,「おとな」の意は,語源はともかく,

「おとなになり給ひて後は,ありしやうに御簾の内にも入れ給はず」(源氏)

のように,「成人」の意であったものが,

乙名,

と当てる,

長老,
宿老,
かしら,

といった意味で使われるようになり,それが先祖返りして,成人の意に戻ったようである。とすると,

うし,

しうと,

の意味の変化とは少し異なるのかもしれない。「おとな」は,

「乙名・長・長男・長者・長生・老・老人・老男・宿老・家老」

などとも書くとして,

「一般に集団の中の指導者をさすが,特に中世後期以降の村落の代表的構成者をさす用語として頻出。近畿地方の宮座において,若衆(わかしゅう)が一定の年齢に達し,規定を全うした時,老人衆に加入できた。村落自治の発達した惣村(そうそん)における〈おとな〉衆は惣村の代表として村政を指導した。〈おとな〉衆は名主層,土豪層だったとみられる。江戸時代には平百姓に対する上層民をさし,村方三役(むらかたさんやく)などに就いている」

とある(百科事典マイペディア)のは,「おとな」の意味が「長老」の意としてもっぱら使われていた時期の,意味の範囲と見ることが出来る。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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2019年07月31日

しゅうと


「しゅうと」は,

舅,
姑,

と当てる。「舅」は,

夫または妻の父,外舅(かいきゅう),

「姑」は,

夫または妻の母,外姑(がいこ),しゅうとめ,

の意である。文語では,

しうと,

で,

シヒトの音便,

とある(広辞苑)。「舅」(漢音キュウ,呉音グ)は,

「形声。『男+音符臼』で,年長の男性の意」

で,

母親の兄弟,母方のおじ(「舅父(キュウフ)」),
母の兄弟の妻(「舅母(キュウボ)」)
妻から見て,夫の父親,
夫から見て,妻の父のこと(「外舅(ガイキュウ)」),

と意味の幅が,日本とは異なる。「姑」(漢音コ,呉音ク)は,

「会意兼形声。『女+音符古』。年老いて古びた女性の意から,しゅうとめやおばの称となった」

とあり,

夫の母(「小姑(ショウコ 夫の妹)」,「外姑(ガイコ 妻の母)」),
おば(姨(イ 母の姉妹の当たるおば)に対して,父の姉妹(「姑母(コボ)」)),
父の姉妹の夫,夫の姉妹の夫(「姑夫(コフ)」),

と,やはり意味の幅が広い(漢字源,字源)。

「しゅうと」は,

シヒト→シウト→シュウト,

の音便だとして,

しひと,

は何か。岩波古語辞典には載らないが,大言海は,

「大人(ウシヒト)の約と云ふ,朝鮮語,舅,しゅい」

とする。日本語源広辞典も,

「ウシ(大人)+ヒト(人)」

とし,

ウシヒト→シフート→シヒト→シウト→シュウト,

と変化したと見なす。「うし」とは,

大人,

と当て,

領有・支配する人の称,転じて人の尊称,

さらに転じて,

師匠または学者の尊称,

の意である。日本語源広辞典は,

ヌシの変化,
ウ(大)+シ(人),

の二説を挙げ,

「近世の国学者が上代の古語を復活させた語」

とし,本居宣長らが,

師匠,

の意で再現したものと思われる。日本語源大辞典は,

「『ぬし』とそらく同源であるが,『うし』の上代単独例は少なく,動詞『うしはく(領)』の形で現れることが多い。中古から中世にかけて用例がなく,近世に復活して主に文学方面に用いられる。国学者たちが復古趣味に依って古典から再生させた語のひとつである」

とする。「ぬし」は,

「之大人(のうし)の約と云ふ。後誤りて,ノシと云ふ」(大言海),
「~の主人のつづまった『~ぬし』が独立して名詞となったものか」(岩波古語辞典),
「うし(大人)の転」(和字正濫鈔・言葉の根しらべの=鈴木潔子・国語の語根とその分類=大島正健),

等々とある。「うし」は,「ぬし」と同源というより,「うし」があるから,「ぬし」がまれたというべきである。ならば,

ウ(大)+シ(人),

説が着目される。大言海は,「う」の項で,

大,

を当て,

「おほの約まれる語。おほけ,うけ(食)。おほみ,うみ(海)。おほし,うし(大人)。おほば,うば(乳母)。おほま,うま(馬)。おほしし,うし(牛)。おほかり,うかり。沖縄にておほみづ,ううみづ(洪水)。おほかみ,ううかめ(狼)」

とする。「うし」の単独用例が無いとの日本語源大辞典の説明とも合致する。この「うし」の変化と考えると,

支配者,

という意味が生きてくる。字鏡に,「しうと」の古名「しひと」について,

「婚,呼昆反,婦人之父,志比止」

とある。これを,

「『しひと』とは、恐らく『し(る)ひと』、つまり、『知る(領る、とも。治める、という意味)人』、一家の長という意味だったのではないでしょうか」

と解釈(https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1019780760)するものがあるが,

ウシヒト→シフート→シヒト→シウト→シュウト,

との転訛とみなせば,

ぬし,

との関係から見ても,家族の中の長の意はある。「ぬし」は,

之主人(うし),

の約なのだから。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

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ラベル:しゅうと
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2019年07月30日

ぼら


「ぼら」は,

鯔,
鰡,

と当てる。

鮱,

と当てると,成長とともに名前を変える出世魚「ぼら」の,

おほぼら,

つまり,

とど,

になる(字源)。「鮱」は国字である。「鯔」(シ)は,出世魚「ぼら」の「ぼら」の前の段階,

いな,

を意味するともある(字源)。「ぼら」は,古名,

クチメ(口魚),

別名,

ナヨシ(名吉),

という。出世魚「ぼら」は,

海から川へ入りだした3~4センチの稚魚を,ハク,

川や池で生活する10センチ前後のものを,オボコ,スバシリ,

生後1年を経過した25センチ余りの未成魚を,イナ,

2~4年魚の30~50センチの成魚を,ボラ,

5年以上の老成魚(雌は90センチ,雄の多くは45センチ以下)を,トド,

という名を変える(日本大百科全書)。呼び名は地域によって異なり,関東では,

オボコ→イナッコ→スバシリ→イナ→ボラ→トド,

関西では,

ハク→オボコ→スバシリ→イナ→ボラ→トド,

高知では,

イキナゴ→コボラ→イナ→ボラ→オオボラ,

東北では,

コツブラ→ツボ→ミョウゲチ→ボラ,

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%A9)。譚海には,

「川にあるときオボコ,川口にでるときはスバシリ,海に入りてはイナ,成長してナヨシ,秋末にボラ」

と相州三浦の人が語ったとある(たべもの語源辞典)。

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「オボコ」は,

「子供などの幼い様子や、可愛いことを表す『おぼこい』の語源となっており、『未通女』と書いてオボコと読んで処女を意味していた。」

また,「オボコ」は,

「鯯と書き,小矛の義であるとの説」

もある(たべもの語源辞典)。

「スバシリ」(洲走)は,江戸では,

「六月十五日の山王祭の日から漁獲が解禁になったので,『すばしりは御輿の後を追て行き』という川柳がある」

とか(仝上)。

「イナ」は,

「若い衆の月代の青々とした剃り跡をイナの青灰色でざらついた背中に見たてたことから、『いなせ』の語源とも言われる。『若い衆が粋さを見せるために跳ね上げた髷の形をイナの背びれの形にたとえた』との説もある。」

「いなせ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/414618915.html)で触れたように,

鯔背,

と当て,江戸日本橋の魚市場の若者が,「鯔(イナ ボラの幼魚)の背のような髷を結ったからという。威勢のいいこと,粋で,勇み肌なこと,またそういう気風を指す。その髷を,「鯔背銀杏」といった。

「トド」は,

「遠う遠う」の意味,

とする説(日本大百科全書)があるが,

「『これ以上大きくならない』ことから『結局』『行きつくところ』などを意味する『とどのつまり』の語源となった。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%A9)。

大言海は,「ぼら」を,

腹の大きい意,

とする。「腹」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/455047479.html?1511295116)で触れたように,

「廣(ひろ)に通ず,原(はら),平(ひら)など,意同じと云ふ。又張りの意」

でもある(大言海)。

ホハラ(太腹),ホホハラ(含腹)カラバラになった語か(たべもの語源辞典),

も同趣である。たべもの語源辞典も,

「ボラという名は,江戸で腹太(はらぶと)と呼ぶことと同じで,太腹(ほはら)とか含腹(ほほはら)になった」

という説を採る。その他に,

「中国の春秋時代の北狹(ほくてき)の用語で、『角笛』を意味する『ハラ』という語の転訛であり、法螺貝(ほらがい)の呼称「ホラボラ」と同源同義語らしい。ボラの呼称は、魚形が『角笛』に似ていることから、中国の胡語『ハラ』が転じて『ボラ』になった」

とするものもある(http://www.maruha-shinko.co.jp/uodas/syun/45-bora.html)。ボラの古名には,

口女(くちめ),

があり、『日本書記』にも「クチメ」と出ている。口女とは、口に特徴のある魚「口魚」の意なので,形からくる由来はあり得る。しかし,単独にこの魚の名だけ,外国由来というのはいかがであろうか。

なお,メスの卵巣を塩漬にしたものを,

カラスミ,

という。江戸時代,

長崎野母(のも)産のカラスミ,
越前のウニ,
三河のコノワタ,

が三珍としてもてはやされたそうであるが,野母には,

「天正一六年(1588)豊臣秀吉が肥前の名護屋に来た時,長崎代官鍋島飛騨守信正が野母のカラスミを長崎の名産品として献上した。秀吉がその名を尋ねたので,形が唐の墨に似ているところから『唐墨』と名づけた」

とする伝承があるとか(たべもの語源辞典)。ただ,

「学者によってはカラスミをとるボラをカラスミボラと称して別種のものであるともいう。サワラの子でもカラスミをつくる」

とか(たべもの語源辞典)。また,「ぼら」は,

「海底の餌を泥ごと食べるので胃壁が厚くなっていて硬い玉のように見える。この胃を臼といい,そろばん玉ともいい,へそとも呼び,付焼にして食べる」(仝上)

が,

「ニワトリの砂嚢(砂肝、スナズリ)を柔らかくしたような歯ごたえで珍重される」

という(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9C%E3%83%A9)。

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(カラスミ https://kotobank.jp/word/%E3%83%9C%E3%83%A9%28%E9%AD%9A%29-1593753日本大百科全書(ニッポニカ)より)


参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
清水桂一『たべもの語源辞典』(東京堂出版)

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ラベル: ぼら
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2019年07月29日

鰯の頭


「鰯の頭」は,

いわしのかしら,

と訓ませるが,「あたま」とも訓む。

鰯の頭も信心から,

の「鰯の頭」で,

鰯の頭のようなつまらないものでも,信仰するとひどくありがたく思える,

意である(広辞苑)が,

鰯の頭のようにつまらないものでも,それを信仰するヒトには尊く,神仏同様の霊験を持つに至る,

という説明の方(故事ことわざ辞典)が,正確かもしれない。さらに,

「頑固に信じ込んでいる人をからかう場合にもいう」

ともあり,

「節分の夜に,鰯の頭を柊(ひいらぎ)の枝にさして門口に置くと,悪鬼を追い払うという風習があったりしたことなどから言われた」

ともある。

800px-Yaikagasi.jpg

(門口に挿した柊鰯 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%8A%E9%B0%AFより)


「信心から」は,

信心がら,

ともいい,

信じ方次第,

の意の「信じがら」の転じたものとある(仝上)。「信心から」は,「信心がら」以外に,

信じから,
信仰から,

ともいう(江戸語大辞典)ので,この説は妥当かどうかは分からない。

白紙も信心から,

ともいう,とある(仝上)。鰯の頭を柊の枝にさす風習は,

柊鰯(ひいらぎいわし),

という。

「節分に魔除けとして使われる、柊の小枝と焼いた鰯の頭、あるいはそれを門口に挿したもの。西日本では、やいかがし(焼嗅)、やっかがし、やいくさし、やきさし、ともいう」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%8A%E9%B0%AF)。

「柊の葉の棘が鬼の目を刺すので門口から鬼が入れず、また塩鰯を焼く臭気と煙で鬼が近寄らないと言う(逆に、鰯の臭いで鬼を誘い、柊の葉の棘が鬼の目をさすとも説明される)」

という(仝上)。ヒイラギを厄除(やくよ)けに使う風習は平安時代からあり、土佐日記は,元日に,

「今日は都のみぞ思ひやらるる、小家の門のしりくめなわ、なよしの頭、ひひらぎいかにぞと言ひあへなる」

と書く。「なよし」は,

名吉し,

らしい。ぼらは,

「成長にしたがって呼び名が変わるので,『名吉し』と言って出世魚とされた」

とある(岩波古語辞典)。つまり,正月の門口に,飾った注連縄と柊の枝に「なよし」(ボラ)の頭を刺していた。現在でも,

「伊勢神宮で正月に売っている注連縄には、柊の小枝が挿してある」

のだとか(仝上)。江戸時代の古今要覧稿には,

「中むかしよりは鯔をいはしにかへ用ゐたりしは藤の為家郷の歌に、ひひらぎにいはしをよみ合せ給へるものによれば、是も六百年前よりの事なり」

と載るとか(https://fm0817.com/hiiragiiwasi-kigen),鰯に変わったのは結構古い。

節分は,

「季節の移り変るときをさし,立春,立夏,立秋,立冬のそれぞれ前日であった。しかし太陰太陽暦では立春を年の初めと定めたので,立春の前日すなわち大寒の最後の日を特に節分 (太陽暦の2月3日か4日) として重視した。したがって節分は太陰暦の大晦日 (おおみそか) にあたり,その夜を年越しといって民間ではひいらぎ (柊) の枝にいわしの頭をつけて門戸にかざし,また日暮れに豆まきをして追儺 (ついな。厄払い) を行う習慣がある」

のは,季節の変わり目には邪気が生じるという考えから,鬼払いなどの儀式が行われたのである(ブリタニカ国際大百科事典)。ヒイラギを節分に飾るのは,

「鬼の目を突き退散させるためとされるが、鋸歯(きょし)のないトベラの葉も同様に使われ、平安時代に正月の習俗であったこととあわせると、中国の爆竹と同じく、葉を火にくべてはぜる音で鬼払いしたのが原型と考えられる」

だとある(日本大百科全書)。ヒイラギそのものが,

「葉に鋭い刺があり、触れるとずきずきするから疼(ひいら)ぐ木の意味であり、柊は日本でつくった和字で、初冬に花を開く木の意味」

とか(日本大百科全書)。

「江戸時代にもこの風習は普及していたらしく、浮世絵や、黄表紙などに現れている。西日本一円では節分にいわしを食べる『節分いわし』の習慣が広く残る。奈良県奈良市内では、多くの家々が柊鰯の風習を今でも受け継いでいて、ごく普通に柊鰯が見られる。福島県から関東一円にかけても、今でもこの風習が見られる。東京近郊では、柊と鰯の頭にさらに豆柄(まめがら。種子を取り去った大豆の枝。)が加わる。」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%8A%E9%B0%AF)。

なお「いわし」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/460405863.html)で触れたように,古くから馴染みの魚であったらしく,「鰯」にからんだことわざは多い。

鰯網で鯨を捕る,
鰯食ったる鍋の鉉(つる),
鰯俵も俵の中,
鰯で精進落ち,
鰯煮た鍋,
鰯の頭をせんより鯛の尾に付け,
鰯のたとえに鯨,

等々。

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2019年07月28日

みね


「みね」は,

タニは峰(ヲ)の対,

とある(岩波古語辞典)。「を」は,

峰,
岡,

と当て,

みねつづき,尾根,
山の小高い所,

の意である。大言海は,「を」を,

峯,
丘,

と当て,

山の高き處,みね,

とし,「尾」とあてる「を」の,

山の裾の引き延へたる處,
山尾,

とつなげる。古事記に,

「山の尾より,山の上へ登るひとありき」

とあるところを見ると,

山尾,

の意で,

山峰,

とも当てる。

山の峰続き,
山の稜線,

の意となる。山の峰の意とほぼ重なるが,

峰々の連なり,

に焦点を当てており,

尾根,

と重なるし,

稜線,
脊梁 (せきりょう) ,

とも重なる。「尾根」は,

「谷と谷に挟まれた山地の一番高い部分の連なりのことである。山稜(さんりょう)、稜線(りょうせん)とも言う」

とある(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E6%A0%B9)が,山登りの人から見ると,

「尾根」は登るものだが「稜線」は歩くもの,

という感覚らしい(https://www.yamareco.com/modules/diary/21844-detail-92607)。視点の違いだろう。

800px-Mt.Yarigatake_from_Enzansou.jpg

(「尾根」と「峰」(飛騨山脈の燕岳付近) https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%BE%E6%A0%B9より)


となると,「を(峰)」は,

尾,

と重なり,

尾根,
稜線,
脊梁 (せきりょう) ,

であり,「みね(峰)」は,

山の頂の尖ったところ,

の意であり,「を(峰)」とは由来を異にする言葉らしい。谷に対なのは,

峰々の連なり,

であって,

みね(峰),

ではない,ということになる。大言海は,

「ミは發語。ネは嶺なり」

とするが,岩波古語辞典は,

「ミは神のものにつける接頭語。ネは大地にくいいるもの,山の意。原義は神聖な山」

とし,日本語源広辞典も,

ミ(御)+ネ(嶺),

とする。

ミは褒称。ネは高峻の義(箋注和名抄・東歌疏=折口信夫),
ミは尊称,ネは止まり動かない意(東雅),

も同趣旨である。かつてヤマはご神体であった。とりわけ尖った頂は神聖視された。「ミ」はその名残りかも知れない。

ミネ(御根)の義。山上に神のあるところから(名言通),
ミは神の略,ネはナル(成)の転(和語私臆鈔),
ミはマシの約で美称,ネ(根)は山の義(和訓集説),

はその趣旨である。やはり,

ご神体,

の意味であると見ていい。

「ね(嶺)」は,

「ネ(根)と同根。大地にしっかり食い込んで位置を占めているものの意。奈良時代には東国方言になっていたらしく,独立した例は東歌だけに見える。大和地方ではミネという。類義語ヲは稜線の意」

とある(岩波古語辞典)。ちなみに「ね(根)」は,

「ナ(大地)の転。大地にしっかりと食いこんでいるものの意」

とある(仝上)。大言海は,

「の上(うへ)の約ならむ。常に根と書す」

とあるので,

ナ(大地)→ネ(根)→ネ(嶺),

といった転訛なのであろうか。

因みに,「みね」には,

峰(峯),
嶺,
岑,

等々当てる。「峰(峯)」(漢音ホウ,呉音フ,ブ)は,

△にとがった山,

の意で,

「会意兼形声。夆は,△型に先の尖った穂の形を描いた象形文字に夂(足)印を加えて,左右両側から来て△型に中央でであうことを示す。逢(ホウ 出あう)の原字。峰はそれを音符とし,山を加えた字で,左右の辺が△型に頂上で出会う姿をした山。封(ホウ △型の盛り土)ときわめて縁が近い」

とある(漢字源)。刀の背を峰というのは我が国だけの使い方である。

「嶺」(漢音レイ,呉音リョウ)は,

「会意兼形声。領(レイ)は,人体の上亡,頭と胴をつなぐ首のこと。嶺は『山+音符領』で,人体の首に当たる高い峠」

とあり,

髙い峰のつづき,

を言い,稜線の意に近い。「岑」(漢音シン,呉音ジン)は,

山のじくざぐ切り立った高い所,

だが,

山の小にして髙きもの,

ともある(字源)。

「会意。今はふさがって暗いことを示す。岑は『山+今(ふさがる)』」

とある(漢字源)。

なお,「やま」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/418594092.html?1562715970)については,触れた。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル: みね
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2019年07月27日

たに


「たに」は,

谷,
谿,
渓(溪),
峪,
壑,


等々と当てる。「谷」(コク)は,

「会意。『八印(わかれ出る)二つ+口(穴)』で,水源の穴から水がわかれ出ることを示す」

とある(漢字源)。この「谷」は,卻(却)の音符谷(キャク)とは別。これは口の上,鼻の下の正中線のくぼみをあらわす。

800px-Koboke.jpg



「谿」(漢音ケイ,呉音ケ)は,

「会意兼形声。『谷+音符奚(ケイ 糸でつなぐ,細い)』。糸でつながるような細い谷」

とある(仝上)。字源の「谷」に,

「たに,たにがわ,両山の間のながれ,水が川に注ぐを谿といひ,谿に注ぐを谷といふ」

とある。これでいうと,

「谷」の水が集まって,「谿」をなし,河に注ぐ,

ということになる。

「谿」は,「渓(溪)で代用する」(漢字源)ともある。「渓(溪)」(漢音ケイ,呉音ケ)は,

「会意兼形声。『水+音符奚(ケイ 細いひも)』」

で,ほぼ「谿」を代用する。この他,漢字には,「峪」(ヨク)があり,

山あいのくぼんだたに,

の意で,

「会意兼形声。『山+音符谷(コク くぼんだたに)』で,低くくぼんだ意を含む」

とある。「壑」(漢音ガク,呉音カク)は,「たに」の意だが,

山中のくぼみ,

である。「澗」(漢音カン,呉音ケン)は,やはり「たに」の意だが,

山の間に挟まれたところ,

の意で,サンズイがあるので,

「会意兼形声。『水+音符間(あいだ)』。山の間を流れる川」

で,

たにがわ,
たにみず,

の意である。漢字では,「谷」「谿」「渓(溪)」「峪」「壑」「澗」等々と細かく分ける「たに」も,和語では,「たに」以外ない。

「たに」は,

「峰(を)の対」

とし,

「山あいの低くくぼんだ,水と草のある所」

で(岩波古語辞典),大言海は「たに」を,

水の垂(たり)の意と云ふ。朝鮮の古語タン,

として,朝鮮語由来としている。日本語源広辞典も,

「『垂り』で,水の垂れ集まるところの意です。方言に,タン,ターニなど,同源と思われる語があります」

とする。しかし新撰字鏡は,

「溪,谿也。他尓(たに),佐波」

とする。「さは(沢)」は,

「水が溜まり,草の生えている,低くじめじめした土地」

の意で,やはり新撰字鏡は,

「溪,太爾佐渡(たにさは)」

とする。「さわ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/447825010.html)で触れたように,「さは(沢)」は,

低くて水がたまり,蘆(あし),荻などの茂った知,水草のまじり生えた地,
山間の比較的小さな渓谷,

の意で,どうも,中国の「谿」のイメージではなく,

山あいのくぼんだ,湿ったところ,

のように思える。「水の垂(たり)の意」ともちょっと違う。日本語源大辞典は,

水のタリ(垂)の義(古事記伝・言元梯・名言通・菊池俗言考・和訓栞・大言海),
谷は低くて下に見るところから,シタミの略転(日本釈名),
タカナシ(高無)の反(名語記),
間の転。または梵語タリ(陁離)の転か(和語私臆鈔),

を挙げるが,いまひとつスッキリしない。

「さわ」(http://ppnetwork.seesaa.net/article/447825010.html)で触れたことと重なるが,「沢」を

山間の比較的小さな渓谷,

とするなら,

「谷(たに、や、コク)とは、主に山などに囲まれた標高の低い土地のことである。谷の深いものを峡谷という」

という記述(http://dic.nicovideo.jp/a/%E8%B0%B7)ら見るなら,「谷」は,

形状の側を指し,

「沢」は,

水の側を指すということになる。しかし,

「溪,谿也。他尓(たに),佐波」

という同一視する認識であったようである。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル: 谿 たに
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2019年07月26日

たな


「たな」は,

棚,
店,

と当てる。「棚」(漢音ホウ,呉音ビョウ,ボウ)の字は,

「会意兼形声。『木+音符朋(並ぶ)』で,板や棒を並べたもの」

で,「たな」「かけはし」の意である(漢字源)。

「店」(テン)は,店(https://blog.seesaa.jp/cms/article/edit/input?id=437638110)で触れたように,

「占は,『卜(うらない)+口』。この口は,口ではなく,ある物ゃある場所を示す記号。卜をして,一つのものや場所を選び決めること。店は『广(ゲン,家)+音符占』で,行商人とは違い,一つ場所を決めて家を構えた意を含む」

で,

決まった場所に建物を構えて物を売る家,

あるいは,

はたご,

の意味でも使う。「たな」や「店(たな)卸」の商品棚の意や,借家の意の「おたな」「店(たな)子」で使うのは我が国だけである。

「たな」は,

横に平らに渡した板,

の意で,さらに,

船べりに沿ってつけた平らな板,

の意でもある。しかし,多く,

「棚を設けて商品を陳列したから」

として,

商品を売る場所,

の意として使い,そこから,

店棚,

更に,

店そのもの,

さらに,

商家,あきんど,

の意に広がった。そして,

主人として仕える人の店,
また,
職人の得意先,

の意がある。ここまでは意味の外延をかなり拡げたということで分かる。しかし,

貸家,借家,

の意はどこから来たのか。岩波古語辞典には,

近世大阪では,商売のできる表通りの借家の特称,

とある。とすると,単に借家というより,

店舗,

の意で,商家の意の延長線上にある。

棚,

店,

は,

店卸,
棚卸,

のように同じ意で使うことが多いが,

棚捜し(飲食物を求めて台所の棚・戸棚を探すこと),

店捜し(借家探し),

とは意味が異なる。本来は,別の言葉が,同じ「たな」という訓みで混ざり合ったのかもしれない。大言海は,

「たな(棚)」は,

板竝(いたなみ)の略か,

とし,「たな(店)」は,

みせだな(店棚)の略,

とする。「みせだな」は,

見世棚,
見世店,
店棚,

と当て,

為見棚の義,

で,こうある。

「商家の前の部分に,棚などを設けて,人に見せむが為に,貨物を列ね置く處。常に下略して見世と云ひ,又上略して店(たな)とも云ふ。現代店と云へば,商家の前の部分にて,貨物を竝べ,又は,店員などの居る所の称とし,貨物を列ね置く店棚と区別す」

つまり,店(https://blog.seesaa.jp/cms/article/edit/input?id=437638110)で触れたように,「店」というのは,語源は,「見せ」。

「ミセともタナ(棚)とも言う。商店のことを『みせ』というのは,『見せる』の連用形『見せ』なのです。大阪では店のことをオタナともいいます。オ+棚は,つまり,タナに並べて,ミセる,商店です。いまでも,お店・おたなは,商人の世界では生きて使われています。」

とある。

見世,

と当てる。だから,

見世棚→見世→店(みせ),
店棚→棚→店(たな),

と,「店(たな」の出発点は「棚」,特に,

店棚,

だったからというのは妙に納得できる。では「たな(棚)」の語源は何か。

日本語源広辞典は,

「平面を表すタに,横に延びる意のナが加わった語」

とする。

「タイラ,タワ,タキ,タニなどの地形のタは,同根」

とする。他に同説が無いし,「た」を引いても多の辞書に載らないので判断が付かない。「たな(店)」を,

立竝(柴門和語類集),

とする説がある。

板竝(大言海),

の説にもまんざら捨てがたいところがある。

参考文献;
大槻文彦『大言海』(冨山房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

ラベル: たな
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2019年07月25日


「と」は,

戸,
門,
所,
処,

等々と当てる。「戸」は,

門,

同義で使われている。「まど」http://ppnetwork.seesaa.net/article/468202499.html?1563821625で触れたように,

門,
戸,

と当てる「と」は,

「ノミト(喉)・セト(瀬戸)・ミナト(港)のトに同じ。両側から迫っている狭い通路。また入口を狭くし,ふさいで内と外を隔てるもの」

とある(岩波古語辞典)。

「所」「処」は,

場所,
ところ,

の意で,

隠処(こもりど→こもりづ),

のように複合語に使われるが,

寝屋処(ねやど),

ではなく,

寝屋戸(ねやど),

と使われたりするので,「戸」と「処」は交換可能のようである。大言海の「と(戸)」の項で,

處の義と云ふ,

とある。さらに「と(戸)」は,

「止むる,又閉づる義。釈名『戸,所以謹護閉塞也』,左傳…注『戸,止也』」

とあり,「と(戸)」は,「止める」の「と」の可能性がある。日本語源広辞典は,

「トは『両側から迫って狭いゐる口』が語源です。戸,門,港のトは同源」

とする。「みなと」は

水門,
湊,
港,

と当てるが,岩波古語辞典は,

「ミは水。ナは連体助詞。トはセト(瀬戸)・カハト(川門)のトと同じ,両側から迫った入口」

とある。「と」は,

閉づ,

の「ト」もある。大言海は,「みなと(水門・水戸)」を,

水之門の義,

としている。「みなと」と関わる言葉に,

つ,

がある。岩波古語辞典は,

「ト(戸)の母音交替形」

とする。これは,

船着き場,港,

の意である。和名抄には,

「津,豆(つ),渡水処也」

とある。船側からみているので,

船の泊(は)つる處,

の意となる。大言海は,

「附く,集(つど)ふ,などの意」

とする。日本語源広辞典も,

舟がツドウ(集)のツ,
舟がツク(着)のツ,

を挙げる。

アツマル(集)の義(日本釈名・東雅・万葉集辞典=折口信夫),
人や船の集まり着く意(日本語源=賀茂百樹),
物のあつまりたまる場所をいうところからタムまたはタマルの約(和訓集説),

なども同趣旨だと思われる。しかし,「つ」が,

to→tu,

と母音交替したのだとしたら,「つ」で語源をさぐることは意味がない。結局,「と」の,

門,
戸,
所,

の,

閉づ,

止む,

の「と」ということになる。

参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)

ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
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