きらう
「きらう(ふ)」は,
嫌う,
斥う,
等々と当てる。『大言海』の意味の説明がいい。
①棄て退ける,
②心に適わずとす,好まず,
③忌む,憚る,
『大言海』は,
「切るの延なるべし(取る,とらふ(捕)。遣る,やらふ)。」
とし,『広辞苑第5版』も,
「切ると同源か」
とし,『日本語源広辞典』も,
「『キラ(切るの未然形)+フ(継続反発)』です。感情的に切り続ける意味の動詞です。その連用形キライは形容詞として使います。いやにおもい,離れたい心情を,対人関係を切り続けたいと表した語です。」
とする。
『岩波古語辞典』もやはり,
「キリ(切)と同根か」
としつつ,
「切り捨てて顧みない意。類義語イトヒは,避けて目を背ける意」
と,「いとう」と対比している。「いとう」については,
「いやだと思うものに対しては,消極的に身を引いて避ける。転じて,有害と思うものから身を守る意。類義語キラヒは,好きでないものを積極的に切りすて排除する意」
とある。「きらう」が積極的に排除するのに対して,「いとう」は遠ざかる感じである。
「きらう」の語源は,「切る」説が大勢だが,その他に,
キリアフの約。切顕れ進む義(国語本義),
キイナム(気呑)の転(言元梯),
アキハラフ(飽払)の義(日本語原学=林甕臣),
とあるが,「いとう」との関連から見ても,「切る」と同源でいいのではないか,と思われる。
「きらう」の類語で,「毛嫌い」がある。これは,
「鳥獣が相手の毛なみによってすききらいすることから」
と『広辞苑第5版』にはあるが,『大言海』は,「板阪卜斎記(慶長)」の,
「鶏を合わせ候に,向こうの鶏,一方の鶏を見て退き候,是れを下々にて,毛嫌と申し候」
と,鶏のこととする。しかし,『日本語源広辞典』は,
「毛の色+嫌い」
とし,
「馬を交尾させるとき,好みが激しく,全く相手を寄せ付けない場合,博労たちが『毛嫌い』といったことによります」
とする。鶏が先か馬が先かは別だが,鳥獣の選り好みを指していたものだろう。この場合,
嫌い,
は生理的ないし,感覚的なものと見ていい。理屈ではなく,膚が合わない感じである。
『語源由来辞典』(http://gogen-allguide.com/ke/kegirai.html)は,
「毛嫌いの語源は、鳥獣が相手の 毛並みによって好き嫌いをすることからといわれる。また、闘鶏で相手の鶏の毛並みを嫌って戦わないことから出たとする説や、雌馬が雄馬の毛並みを嫌って馬の種付けがうまくいかないことから出た言葉など、『毛嫌い』の出所を示す説もある。ただし、『毛嫌い』の細かな出所は定かではないため、鳥獣が毛並みによって相手を嫌うことを元に、後から付け加えられたものと考えられる。」
とする。そんなことかもしれない。
似た言葉に,「忌み嫌う」というのがある。「忌む」は,『岩波古語辞典』に,
「イはユユシのユの母韻交替形。タブーの意。つまり,神聖なもの・死・穢れたものなど,古代人にとって,激しい威力を持つ,触れてはならないものの意。従ってイミは,タブーと思う,タブーとして対処する意」
とあり,穢れ,畏れ,の意が含まれている。汚らしい,憚られる,という感じであろうか。この場合も,生理的,感覚的だが,その感覚は,他の人も共有できる何かを含んでいる。
虫唾が走る,
という言い回しが,それに近いのかもしれない。理屈が少し勝れば,
蛇蝎の如く嫌う,
となる。
唾棄,
が近い。むしろ,避ける感覚が強ければ,
顰蹙,
程度で済む。
「嫌」(漢音ケン,呉音ゲン)の字は,
「会意兼形声。兼(ケン)は,禾(いね)を二つ並べ持つ姿。いくつも連続する意を含む。嫌は『女+音符兼』で,女性にありがちな,あれこれ気兼ねし,思いが連続して実行を渋ることをしめす。」
とある。「しぶる」という含意がある。
参考文献;
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
前田富祺編『日本語源大辞典』 (小学館)
増井金典『日本語源広辞典』(ミネルヴァ書房)
藤堂明保他編『漢字源』(学習研究社)
ホームページ;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;
http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評
http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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