子の泣くごとに男(をとこ)じもの負ひみ抱(むだ)きみ朝鳥(あさとり)の哭(ね)のみ泣きつつ恋ふれども験(しるし)をなみと言問(ことと)はぬものにはあれど(高橋朝臣)
の、
負ひみ抱(むだ)きみ、
は、
負ぶってみたり抱いてみたりしてあやし、
と注釈があり(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
ミ、
は、
動詞「見る」から派生した接尾語、
とする(仝上)。で、
負ひみ抱(むだ)きみ、
は、
負(お)ひ見(み)抱(むだき)見(み)、
と当て、
試みる意の「見る」の連用形からという、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
動詞または助動詞「ず」の連用形に付き、その並列によって連用修飾語をつくる。対照的な動作または状態を並列してそれが交互に繰り返される、
意を表わし、
…したり、…したり、
…したり、しなかったりして、
の意になる。
むだく、
は、
か/き/く/く/け/け、
と、他動詞カ行四段活用で、
身(む)だくの意、タクは腕を働かせて事をする意、ムダクは、相手の身体を両手で抱えて締める意(広辞苑・岩波古語辞典)、
「身(む)綰(た)く」の意か。「綰く」は手を使ってある動作をする意(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
などとあり、
抱(だ)く、
意である。
むだく、
は、
抱く、
と当て、
うだくの転、
とあり(大言海)、
腕(うで)纏(ま)くの約と云ふ、
とあり(仝上)、転じて、
むだく、
いだく、
となる(仝上)とある。しかし、同意語の、
「むだく」「うだく」「いだく」「だく」の先後関係、
は、
「むだく」が奈良時代から平安初期、
「うだく」が平安初期から鎌倉時代頃、
「いだく」が平安初期から現代、
「だく」が平安中期から現代、
という順になる(精選版日本国語大辞典)とあるので、上述の、大言海の、
むだく、
が、
うだくの転、
とあるのは、先後が逆である。
うだく、
は、
抱く、
と当て、
だく、
意である。なお、
むだく、
うだく、
の、
た(綰)く、
は、
手を活用せる語か、
とあり(大言海)、
腕を働かして事をする意、
で(岩波古語辞典)、
たけばぬれ(ほどけ)たかねば長き妹が髪このころ見ぬに搔き入れつらむか(三方沙弥)、
と、
手を上下左右前後に一定の動作に掻き動かす、
取り上ぐ、
(髪を)束ね掻き上ぐ、
意や、
大船(おほふね)を荒海(あるみ)に漕ぎ出(で)や船たけ我が見し子らがまみはしるしも(万葉集)、
と、
舟を漕ぐ、
意、
心なぐやと秋づけば萩咲きにほふ石瀬野(いはせの)に馬だき行きて(万葉集)、
では、
馬の手綱をあやつる、
意、
手寸(たき)備へ植ゑしくしるく出(い)で見ればやどの初萩(はつはぎ)咲きにけるかも(万葉集)、
では、
掘る、
意と、広く手を使う動作に広く使われている(岩波古語辞典・大言海)。
むだく、
は、上述のように、
むだく(mudaku)、
↓
うだく(udaku)、
↓
いだく(idaku)
↓
だく(daku)、
と転訛してきたが、
いだく、
が、和文史料を中心に用例が認められるのに対し、
うだく、
は、漢文訓読資料に偏る。ウダクの確例は中古初期からであり、上代は、
むだく、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
語頭のウ・ムの交替はウバフ・ムバフなど用例が多いが、イも関わるのはイバラ・ウバラ(ムバラ)ぐらいである、
とある(精選版日本国語大辞典)。
うだく、
↓
いだく
↓
だく、
と、
うだく、
から転訛した、
いだく、
は、
女流文学ではイダクだけが使われた、
とあり(岩波古語辞典)、
か/き/く/く/け/け、
の、他動詞カ行四段活用で、
抱、
懐、
擁、
と当て(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)、
大前宿禰、太子を抱(イダキ)まつりて馬に乗せまつれりといふ(日本書紀)、
と、
両手で相手をかかえる、
両腕にかかえて持つ、
意、それをメタファに、
任那を擁(イダキ)守(まも)ること、懈(おこた)り息(やす)むこと無し(日本書紀)、
と、
中に包み込むようにする、
擁する、
意、更に転じて、
慕ふこと異にして、荒れたることを懐(イダ 別訓ウダ)けば(「大唐三蔵玄奘法師表啓平安初期点(850頃)」)、
と、
心の中に、ある考えや感情を持つ、
意へと転じていく(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)が、うだく、いだくの頭母音が脱落して、
いずれの宮をか先ず抱(だ)き給ふといどみかはしてみるに(宇津保物語)、
と、
だく、
が、意味で勢力を拡大していくのに伴って、
いだく、
は、次第に、
心の中に、ある考えや感情を持つ、
意味に限定されるようになり、現在に至る(精選版日本国語大辞典)とある。
いだく、
から、
イダクの上略(俚言集覧・国語の中に於ける漢語の研究=山田孝雄)、
イダクの上略なり(しいきほふ、きほふ。いきづむ、きづむ)(大言海)、
として、
だく、
へと転じたが、この転訛については、音韻論から、
イダク・ウダクの頭母韻の脱落したもの(広辞苑・岩波古語辞典)、
以外にも、
濁音→入りわたり鼻音のイ表記省略、
といった説もある(日本語源大辞典)。
なお、
むだく、
には、
汝(いまし)らがかく罷(まか)りなば平(たひら)けく我れは遊ばむ手抱(たむだ)きて我れはいまさむ(万葉集)、
と、
たむだ(拱)く、
という言い方がある。
手抱く、
とも当てるように(岩波古語辞典)、
手(た)抱(むだ)くの意(精選版日本国語大辞典)、
タはテ(手)の古形、ダクは身抱くが原義、抱く意(岩波古語辞典)、
と、
両手を組む、
手をこまねいて何もしないでいる、
意で、類聚名義抄(11~12世紀)に、
拱、コマヌク、ウダク、タムダク、
とあり、
うだく、
の意とつながる(岩波古語辞典)。
(「抱」 簡牘(かんどく)文字(「簡」は竹の札、「牘」は木の札に書いた)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%8A%B1より)
「抱」(漢音ホウ、呉音ボウ)は、
会意兼形声。包は、中に幼児をつつんだ姿を描いた象形文字。抱は「手+音符包」で、手で包むようにしてかかえること、
とある(漢字源)。同じく、
会意兼形声文字です(扌(手)+包)。「5本指のある手」の象形と「人が腕を伸ばしてかかえ込んでいる象形と胎児の象形」(「つつむ」の意味)から、「手でつつむ」、「だく」を意味する「抱」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji1116.html)、
ともあるが、他は、
形声。「手」+音符「包 /*PU/」。「だく」を意味する漢語{抱 /*buuʔ/}を表す字。もと「包」が{抱}を表す字であったが[字源 1]、手偏を加えた(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E6%8A%B1)、
形声。手と、音符(ハウ)→(ホウ)とから成る。手でかかえる、「いだく」意を表す(角川新字源)、
形声。声符は、勹+巳(包)(ほう)。勹+巳は腹中に胎児のある形。生まれた子を抱くことを扌+勹+巳という。〔説文〕八上に亠+勹+巳+衣を正字とし「褱(いだ)くなり」と訓し、徐鉉の案語に、扌+勹+巳をその俗体とする。〔釈名、釈姿容〕に「扌+勹+巳は保なり」とし、保もまた懐抱の形に作るものがあるが、保は生子儀礼として、受霊・魂振りのために、裾(すそ)に「襲衾(おふふすま)」をそえ、頭上にときに玉を加える形がある。心に思うこと、心に固く執ることをも抱という(字通)、
と、形声文字とする。因みに、
「包」(漢音ホウ、呉音ヒョウ)は、
象形、からだのできかけた胎児(巳)を子宮膜のなかにつつんでみごもるさまを描いたもの、胞(子宮でつつんだ胎児)の原字(漢字源)、
巳は胎児の象形。音符の勹は、人が腕をのばして、抱えこんでいるいる形にかたどり、つつむの意味。みごもるさまから、一般に、つつむの意味をあらわす(漢語林)、
象形。人が子を身ごもっているさまにかたどる。みごもる、ひいて「つつむ」意を表す(角川新字源)、
象形。人の腹中に胎児のある形。〔説文〕九上に「人の褱妊(くわいにん)するに象る。巳(み)、中に在り。子の未だ成らざる形に象る。元气は子(ね)に起る。子は人の生まるる所なり」とし、なお十二支との関連を説くが、関係のないことである。うちに包蔵する意より、包括・包囲の意となる(字通)
とある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
この記事へのコメント