伏越(ふしこえ)ゆ行かましものをまもらふにうち濡らさえぬ波数(よ)まずして(万葉集)
の、
伏越、
は、
這って越えるような難所の意か、
として、
険しい通い路の譬え、
とし(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
まもらふ、
は、
波の様子を見守っているうちに、
の意だが、
ぐずぐずしているうちに人に知られた、
の含意、
波数(よ)まずして、
は、
波の間合いをはからなかったので、訪れる頃合いを誤ったことをいう、
としている(仝上)。
数(よむ)、
は、
よむ、
読む、
で触れたが、
ヨムという我々の動詞は算(かぞ)えること、また暗誦することをも意味していた(柳田國男「口承文芸史考」)、
とあるように、
読む、
は、
一つずつ順次数えあげていくのが原義。類義語カゾフは指を折って計算する意、
とあり(岩波古語辞典)、
ぬばたまの夜渡る月を幾夜経(ふ)とよみつつ妹は吾を待つらむぞ(万葉集)、
と、
一定の時間をもって起こる現象を、一つ一つ数え上げていく、
意の
數(よ)む、
から、
人の世となりて素戔嗚尊よりぞ、みそもじあまりひともじはよみける(古今和歌集・序)、
と、
一つ一つの音節を数えながら和歌を作り出す、
意の、
詠(よ)む、
あるいは、
維摩詰(ゆいまつき)のかたちをあらわして維摩経をよめば即ちやみぬ(三宝絵)、
と、
書かれた文字を一字ずつ聲立てて唱えてゆく、
唱えて相手に聞かせる、
意の、
誦(よ)む、
さらには、
春の日と書いてかすがとよめば、法相擁護の春日大明神(平家物語)、
と、
訓読する、
意の、
訓(よ)む、
となり、
よむ、
の、
数える、
意は、
錢をよむという事(世間胸算用)、
に生きている(仝上)し、そこから、
志学垂統と私かに題せる冊子に録せり。後の人々これをよんで知るべし(蘭学事始)、
と、
古典をよむ、
というような、
文書を見て、意味をといて行く、
意や、そうした意味をメタファにして、
腹をよむ、
暗号をよむ、
と、
了解する意、
や、
顔色をよむ、
敵の作戦をよむ、
消費者動向をよむ
と、
推測する、
意や、囲碁・将棋などで、
先の手を考える
意でも使う(広辞苑)。
まもらふ、
は、
守らふ、
とあて、
「まもる」に接尾語「ふ」のついた語(広辞苑)、
動詞「まもる」の未然形+上代の反復継続の助動詞「ふ」から(デジタル大辞泉)、
動詞「まもる(守)」の未然形に、反復・継続を表わす助動詞「ふ」の付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
マモルに反復・継続の接尾語フのついた形(岩波古語辞典)、
とあり、
見守り続ける、
じっと見つめている、
という意になる。
フ、
は、動詞の未然形の下に付いて、
は|ひ|ふ|ふ|へ|(へ)、
の、
四段活用の動詞を作り、「呼ぶ」「散る」ならば普通一回だけ呼ぶ、散る意を表すが、「散らふ」「呼ばふ」といえば、何回も繰り返して、呼ぶ、散る意をはっきりと表現する。元来は、四段活用の動詞「アフ(合)」で、これが動詞連用形の後に加わって成立したもの(岩波古語辞典)、
語源は、動詞「ふ(経)」と関連づける説もあるが、動詞「あふ(相・合)」で、本来、動詞の連用形に接したものとすべきであろう。「万葉集」などでは「相・合」の字を用いていることも多く、また、動詞「あふ」との複合した形と区別できかねるものもある(精選版日本国語大辞典)、
とあり、この「ふ」は、
奈良時代特有の語で、まれに、
「流らふ」「伝たふ」「寄そふ」など、下二段活用動詞「流る」「伝(つ)つ」「寄す」に付いた「ふ」があり、これらは下二段型活用として用いられ(精選版日本国語大辞典)、
また、
「捕らふ」「押さふ」などにも下二段型活用をする「ふ」があるが、これらは、語源を下二段動詞「敢(あ)ふ」に求めることもできる(仝上)、
とあり、また、
主にラ行動詞に付くときは、「移ろふ」「誇ろふ」のように未然形語尾のア列音がオ列音に変わることがある(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)、
とある。この「ふ」が助動詞として用いられたのは上代であり、中古になると、
「語らふ」「住まふ」「慣らふ」「願ふ」「交じらふ」「守らふ」「はからふ」「向かふ」「呼ばふ」など、特定の動詞の活用語尾に残るだけとなり、接尾語化した。したがって、中古以降は「ふ」を伴ったものを一語の動詞と見なすのが常である(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
とされる。この、
ふ、
は、現代語でも、、
「住まう」「語らう」などの「う」にその痕跡が見られる(デジタル大辞泉)。
フ、
の反復・継続の用例は、
をとめの寝(な)すや板戸を押そぶら比(ヒ)我が立たせれば(古事記)、
秋萩の散ら敝(ヘ)る野辺の初尾花仮廬(かりほ)に葺(ふ)きて雲離(くもばな)れ(万葉集)、
では、その動作が反復して行なわれる意を表わし、
しきりに…する、
何回も繰り返して…する、
意で、
楯並めていなさの山の木の間よもい行き目守(まも)ら比(ヒ)戦へば(古事記)、
では、その動作が継続して行なわれる意を表わし、
…し続ける、
ずっと…する、
意で、
常なりし笑(ゑ)まひふるまひいや日(ひ)異(け)に 変はら経(ふ)見れば 悲しきろかも(万葉集)、
では、その変化がずっと進行していく意を表わし、
次第に…する、
どんどん…していく、
意で使う(精選版日本国語大辞典)。で、
まもらふ、
は、
守らふ、
とあて、冒頭の、
伏越(ふしこえ)ゆ行かましものをまもらふにうち濡らさえぬ波数(よ)まずして(万葉集)
の、
見守りつづける、
じっと見つめている、
と、動詞「もる(守)」の未然形に反復・継続を表わす助動詞「ふ」が付いて一語化した、ハ行四段活用以外に、
へ/へ/ふ/ふる/ふれ/へよ、
と、他動詞ハ行下二段活用の、
まもらふ、
があり、
目を放ち給はず、まもらへておはする(宇津保物語)、
と、
見守る、
じっと見つめる、
意と、
宜しうなりぬる男の、かく、まがふ方なく、一つ所をまもらへて(源氏物語)、
と、
大切に守る、
保護する、
大事にする、
意でも使う(学研全訳古語辞典・精選版日本国語大辞典)。なお、
前にふせて、つねまぼらへてぞある(宇津保物語)、
と、
まぼ(守)らふ、
という言い方があり、これは、
動詞「まぼる」の未然形+反復継続の助動詞「ふ」、
の、
他動詞ハ行下二段活用で、
室町時代はヤ行にも活用した、
とある(仝上)。また、
烏常に啄み効ひて、日毎に来り候(モラ)ふ〈真福寺本訓釈 候 毛良不〉(日本霊異記)、
と、
守る、
を、
もらふ、
と訓ませると、
候ふ、
とも当て、やはり、
動詞「もる(守)」の未然形に反復・継続を表わす助動詞「ふ」が付いて一語化したもの、
で、
は/ひ/ふ/ふ/へ/へ、
と、ハ行四段活用の、
見守り続ける、
じっと見つめている、
意となる(精選版日本国語大辞典)。
(「守」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%88より)
(「守」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%88より)
(「守」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%88より)
「守」(漢音シュウ、呉音シュ・ス)の異体字は、
㝊、䢘、垨、𡧕、𡬮、𡬴、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%88)。字源は、
会意文字。「宀(やね)+寸(て)」で、手で屋根の下に囲い込んでまもるさまを示す、
とある(漢字源)。同じく、
会意。宀と、寸(右手)とから成り、家の中で事をつかさどる、ひいて「まもる」意を表す(角川新字源)、
会意。宀(べん)+寸。宀は廟屋。廟屋の中で、ことを執ることをいう。〔説文〕七下に「守官なり」とし、宀を寺府、寸を法度の意とするが、金文には又(ゆう)に従う形もあり、また干又に従う字もあり、扞衛を主とする字である。のち官守のことをいい、また「道を守る」「拙を守る」のように、抱持・操守の意に用いる(字通)、
と、会意文字とするものもあるが、
形声。「宀(家・建物)」+音符「寸(肘) /*TU/」。「まもる」「たもつ」を意味する漢語{守 /*stuʔ/}を表す字。
『説文解字』では会意文字と誤った解釈がなされているが、金文を見ればわかるように、「肘」の原字を音符にもつ形声文字である(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E5%AE%88)、
と、会意文字を否定している。なお、別に、同じ字解ながら、
会意兼形声文字です(宀+寸)。「屋根・家屋」の象形と「右手の手首に親指を当て脈をはかる」象形(「手」の意味)から家屋を手で「まもる」を意味する「守」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji457.html)、
と、会意兼形声文字とする説もある。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
この記事へのコメント