夏まけて咲きたるはねずひさかたの雨うち降らばうつろひなむか(大伴家持)
の、
夏まけて、
は、
夏を待ちうけて、
とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)が、
夏になる、
という意味にもなる(精選版日本国語大辞典)。
まく、
は、
設く、
とあて、
け/け/く/くる/くれ/けよ、
の、他動詞カ行下二段活用、
で、
さし向ふ鹿島の崎(そき)にさ丹塗(にぬり)の小船(をぶね)を儲(まけ)玉巻の小楫(をかぢ)繁(しじ)貫き(万葉集)、
夕さらば屋戸(やど)開け設(ま)けて我(あ)れ待たむ夢(いめ)にあひ見に來(こ)むといふ人を(仝上)、
と、
場所や物などを前もって用意する、
準備して待つ、
もうける、
意や(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)、
近江(あふみ)の海沖つ島山(しまやま)奥(おく)まけて我(あ)が思ふ妹を言の繁(しげ)けく(万葉集)、
は、
心構えして待ちうける
心の準備をして待つ、
という意(仝上)だが、
奥まけて、
を、
将来をかけて、
と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、
奥まけてわが思ふ妹(いも)が言(こと)の繁(しげ)けく、
を、
将来まで前もって考えてわたしの思うあの娘にうわさが多いことよ、
と、
前もって考えておく、
意と解釈するもの(学研全訳古語辞典)もある。ちなみに、
奥、
は、
しゑや、
で触れたように、
「外(ト)」「端(はし)」「口(くち)」の対、「沖(おき)」と同源(岩波古語辞典)、
「沖」「遅る」などと同語源か、入り口や表などから遠くはいった所をさしていう(精選版日本国語大辞典)、
トホク(遠)の上略か(言元梯)、
数の果てという義でオク(億)か(和句解)、
オク(置)の義、物を蔵し置くをいう(名言通)、
オはすぼまった象、クはクライ象(槙のいた屋)、
等々、語呂合わせを除くと、
「外(ト)」「端(はし)」「口(くち)」の対、「沖(おき)」「遅る」と同源、
とみられ、
空間的には、入口から深く入ったところで、人に見せず大事にする所をいうのが原義、そこに届くには多くの時間が経過するので、時間の意に転ずると、晩(おそ)いこと、また、最後、行く先、将来の意、
とする(岩波古語辞典)のが妥当に思え、
空間的に、表・入口から深く入ったほう、
↓
時間的に、現在から遠い先のこと(過去には用いない)、
↓
抽象的に奥深いこと、内部、内面などをさしていう(心の底、芸の秘奥)、
といった流れになる(日本語源大辞典)。ここでは、
未来、
の意となる。さらに、
まく、
の意には、冒頭のように、
夏儲(まけ)て咲きたるはねずひさかたの雨うち降らば移ろひなむか、
と、
その時節を待ちうける、
また、
待ちうけた時節になる、
意があり(デジタル大辞泉)、この場合、特に、
季節や時の来るのを心待ちに待つ。待ち受ける。待ち受けた結果、その時になるの気持をこめて用いることが多い、
とあり(精選版日本国語大辞典)、
予期していた時になる、
という意味になる(岩波古語辞典)。本来は、
前もって用意する、
という心構えが、心理的な、
心構えして待ちうける、
意や、その時間軸が、その時まで伸びて、
予期した時になる、
意へと、変化していくという風に見える。
磯の間ゆたぎつ山川(やまがは)絶えずあらばまたも相見む秋かたまけて(万葉集)、
と、
片設(かたま)く、
という言い方がある。
け/け/く/くる/くれ/けよ、
の、自動詞カ行下二段活用で、
カタはわずかの意、マクは予期した時になる、
とあり(岩波古語辞典)、
季節や時が来るのが待たれる、
心から待ち受ける気持になる、
また、
時が移ってある時期になる、
ある時節が近づく、
意で使い、そこから、それをメタファに、
夏麻(なつそ)引く命方貯(かたまけ)刈薦(かりこも)の心もしのに人知れずもとなそ恋ふる気(いき)の緒(を)にして(万葉集)、
と、
ある事にいちずに心を寄せる、
傾注する、
意でも使う(仝上・精選版日本国語大辞典)。
片、
は、
マ(真・双)の対、
で(仝上)、名詞や動詞の上に付いて、片方の、かたよった、などの意を表わし、たとえば、名詞の上について、
片恋、
片手、
片われ、
のように、
対のものの一方、
一組になっているものの一部、
の意や、名詞の上に付いて、
片山、
片岡、
片時、
片生(かたおい)、
片垸(かたもひ)、
のように、」
不完全な、
整っていない、
少しの、
等々の意や、名詞の上に付いて、
片田舎、
片淵、
片淵、
片添へ、
のように、
一方に偏した、
かたよった、
の意や、
片角(かど)、
片まけ、
のように、
少ない、
意や、
片敷き、
片聞き、
のように、
ひとり、
の意、主として動詞の上に付いて、
片待つ、
のように、
しきりに、
ひたすら、
の意を表わす(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。ちなみに、
まく、
の多動詞は、
まうく(設・儲)、
で、他動詞 カ行下二段活用となり、今日の、
もうける(設)、
につながる。なお、
巻く、捲く、
とあてる、
ま(巻)く、
負く、任く、罷く、設く、
とあてる、
ま(負)く、
については触れた。
(「設」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) http://xn--ja-9k0g.wiktionary.org/wiki/%E8%A8%ADより)
「設」(漢音セツ、呉音セチ)は、
会意文字。もと「▽(のみ)+棒+又(手)」の会意文字で、のみをたたいて何かをすえつけることをしめす。のち、▽印がかわって言になり、「言+殳(工作する)」となった、
とある(漢字源)。他も、
会意。言と、殳(しゆ 手でうつ)とから成る。人を使って何かを陳列させる意を表す。ひいて、建物・場所などを「もうける」意に用いる(角川新字源)、
会意文字です(言+殳)。「取っ手のある刃物・口の象形」(「(つつしんで)言う」の意味⦆と「手に木のつえを持つ」象形(「木のつえを手にして殴る」の意味)から、腕力や言葉を「並べる」、「もうける」を意味する「設」という漢字が成り立ちました(https://okjiten.jp/kanji877.html)、
会意。言+殳(しゆ)。〔説文〕三上に「施陳するなり」と礼器などを陳設する意とし、「言に從ひ、殳に從ふ。殳は人を使ふなり」とする。殳は羽旞(うすい 羽で作った呪飾)をもつ形で、誓約や祈禱を示す言に、その呪飾をそえる意とみられ、祭祀の場を設定することを示す字であろう。〔詩、大雅、行葦〕「筵を肆(つら)ね席を設く」のように用いる。のち設色・設心・設言など、すべてことを用意することをいう(字通)、
と、会意文字としているが、上記の、
「言」+「殳」、
とする字解は、中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)によるもので、『説文解字』では、
「言」+「殳」と説明されているが、これは誤った分析である、
とし(http://xn--ja-9k0g.wiktionary.org/wiki/%E8%A8%AD)、
形声。「言」+音符「(⿰𡉣攴) /*NGET/」(「埶」の異体字)の略体、
と、形声文字としている。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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