をみなへし秋萩折れれ玉桙(たまほこ)の道行きづとと乞(こ)はむ子がため(石川老夫)
の、
折れれ、
は、
「折れり」の命令形、
で、
折っておきなさい、
の意とする(伊藤博訳注『新版万葉集』)。
道行きづとと、
は、
旅の土産はと言って、
と訳す(仝上)。
みちゆきづと、
は、
道行苞、
とあて、
旅行のみやげ
の意である。
(苞(つと)(江戸末期の農書「成形図説」) 精選版日本国語大辞典より)
つと、
は、
苞、
苞苴、
と当て(「苞苴」は「ほうしょ」とも訓む。意味は同じ)、
わらなどを束ねて物を包んだもの、
で、
藁苞(わらづと)、
荒巻(あらまき 「新巻」とも当てる)、
とも言う(広辞苑)が、「苞」には、
土産、
の意味がある(広辞苑)のは、
歩いて持ってくるのに便利なように包んできたから、
という(たべもの語源辞典)。土産の意では、
家苞(いえづと)、
ともいう(広辞苑)。「苞」は、また、
すぼづと、
ともいう(たべもの語源辞典)が、
スボというのはスボミたる形、
から呼ばれたらしい(仝上)。
苞(つと)、
は、
つつむ、
で触れたことだが、
沖行くや赤ら小船(をぶね)に裹(つと)遣(や)らばけだし人見て開き見むかも(万葉集)、
の、
裹(つと)、
は、
ツツム(包)のツツと同根、包んだものの意、
とあり(岩波古語辞典)、
包(ツツ)の転(大言海)、
ツツムの語幹、ツツの変化(日本語源広辞典)、
と、「つつむ」とつながる。
つつむ、
は、
裹(つつ)む、
で触れたように、
包む、
とも当てるが、
雨障(あまつつ)み、
で触れたように、
愼(つつ)む、
障(つつ)む、
恙(つつ)む、
と繋がり、
裹(包)む、
の、
ツツ、
は、
ツト(苞)と同根、
愼(つつ)む、
は、
ツツ(包)ムと同根、悪いことが外に漏れないように用心する(岩波古語辞典)、
人の感情や表情を内におさえて、外に表われないようにする(精選版日本国語大辞典)、
などとあり、
障(つつ)む、
恙(つつ)む、
は、
ツツム(包)と同根、こもって謹慎する意、
とある(岩波古語辞典)。
つつむ、
は、
詰め詰むの略、約(つづ)むに通ず(大言海)、
とする(大言海)が、
約(つづ)む、
は、
詰め詰むるの略、ちぢむ(縮)と通ず、
とあり(仝上)、
縮(ちぢ)める、
意なので、
ちぢむ、
は、
しじむ、
の転ずる(岩波古語辞典)。
しじむ、
は、
蹙む、
とも当て、「顰蹙」の「蹙」で、
しかめる、
意である。しかし、「つつむ」を「縮める」とするのは、ちょっとずれている気がする。むしろ、「苞」との関連の方が、「つつむ」の語感にはあうのではないか。
ツツム(包・裹・障)で、隠して見えなくするのが語源です。とりかこむ、おおって入れる、広げた布の中に入れて結ぶなどは、後に派生したか、
とする(日本語源広辞典)のは、語源の説明になっていないが、語感としてはこんな感じである。
tuto→tutu、
あるいは、
tutu→tuto、
の転訛はあり得るのではないか。「苞」の項で、大言海は、
包(つつ)の転、
とする。そして、「つつ」で連想する、
筒(つつ)、
の項で、矛盾するように、
包む意ならむ、
という。とすると、
tutu→tuto、
だけでなく、
tutu→tutumu、
と、「つつ」を活用させたとみることもできる。いずれも、
物をおおって中に入れる、
意(「つつむ」の意味)である。「つつむ」は、「苞(つと)」と同根であり、「筒(つつ)」ともつながるとすれば、「つつむ」は、
苞、
か
筒、
の動詞化なのではあるまいか。
つと(苞・苞苴)、
は、上述したように、
わらなどを束ねて、その中に魚・果実などの食品を包んだもの、
の意だが、
消(け)残りの雪にあへ照るあしひきの山橘を都刀(ツト)に摘み来な(万葉集)、
と、
他の場所に携えてゆき、また、旅先や出先などから携えて帰り、人に贈ったりなどするみやげもの、
の意もあり、また、
なむあみだ仏なむあみだ仏と申て候は、決定往生のつととおぼえて候なり(「一言芳談(1297~1350頃)」)、
と、
旅行に携えてゆく、食糧などを入れた包み物、
の意もあり、
旅苞(たびづと)、
というと、
たびつつみ(旅包)、
と同義で、
旅行中携行するつつみ物、
の意だが、
旅つとにもたるかれひのほろほろと涙ぞおつる都おもへば(「久安百首(1153)」)、
と、
家苞(いえづと)、
と同義で、
旅行先から持ち帰るみやげ、
の意もある。その同じ意味で、冒頭のように、
女郎花(をみなへし)秋萩折れれ玉桙の道去裹(みちゆきづと)と乞はむ児のため(万葉集)、
と、
道行苞(みちゆきづと)、
ともいう。
草苞(くさづと)、
というと、
松か崎是も都の草つとに氷をつつむ夏のやま人(「草根集(1473頃)」)、
と、
草で包んだ土産物、
の意だが、
虚病をかまへ、軍役をかき、武具をも嗜まねば……出頭衆へ草づとを恵(「甲陽軍鑑(17C初)」)、
と、
つかいもの、賄賂、
意もある。
浜苞(はまづと)、
というと、
潮干なば玉藻刈りつめ家の妹が浜褁(はまづと)乞はば何を示さむ(万葉集)、
と、
浜のつと、
ともいい、
浜のみやげ、
つまり、
海辺から持ってくる土産物、
の意、
山苞(やまづと)、
というと、
あしひきの山行きしかば山人のわれに得しめし夜麻都刀(ヤマヅト)そこれ(万葉集)、
山から携えてくるみやげ、
山里のみやげ、
の意、
田舎苞(いなかづと)、
というと、
田舎から来た人や田舎へ行っていた人のみやげ、
つまり、
田舎みやげ、
の意、
老苞(おいづと)、
は、
おいづとに何をかせまし此の春の花待ちつけぬ我が身なりせば(「西行家集(12C後)」)、
と、
おいのつと、
ともいい、
老人の持ってくるみやげ、
の意、
黄泉苞(よみづと)、
というと、
あが君や、よみづとにし侍らんずるなり(栄花物語)、
と、
黄泉(よみ)へゆくみやげもの、
つまり、
冥土への土産、
の意等々、
みやげもの、
の意や、転じて、
賄賂、
の意になったりする(精選版日本国語大辞典・デジタル大辞泉)。なお、
火苞(ひづと)、
は、
山野・田畑などで、蚊や蚋(ぶゆ)を防ぐためにくゆらす、藁・草木の根などを束ねた苞、
の謂いである(仝上)。また、
苞豆腐(つとどうふ)、
は、
水切りした豆腐をすりつぶし、棒状にして、わらづとなどに入れ、固く締めて蒸したもの、
で(広辞苑)、
菰(こも)豆腐、
しの豆腐、
ともいう(たべもの語源辞典)、なお、
道行(みちゆき)、
は、
若ければ道行(みちゆき)知らじ幣(まひ)はせむ黄泉(したへ)の使(つかひ)負ひて通らせ(万葉集)、
と、文字通り、
道を行くこと、
あるいは、
道の行き方、
の意(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)だが、
玉桙(たまほこ)の道行ぶりに思はぬに妹を相見て恋ふるころかも(万葉集)、
の、
道行ぶり
は、
道行触り、
とあて、
道行く人、
の意(岩波古語辞典)、ここでは、
すれ違い、
の意とし、
往来でのすれ違い、
と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)。で、
道行人、
というと、
道を通る人、
旅する人、
の意になる。この、
道行、
の意をメタファにして、日本文学や芸能では、二つの固有な使い方がされ、
道行文といわれる、旅の途次の地名を次々と詠み込む表現形式、
と、
宗教行事や芸能に関連して、行道(ぎようどう)時に奏する音楽や歌謡を名づけて〈道行○○〉形式、
がある(世界大百科事典)とされる。音楽的道行では、たとえば、雅楽では、
舞の出入りに、破を喚頭より吹き出でて道行とす(「教訓抄」(奈良興福寺の楽人狛近真(こまのちかざね)の撰述した音楽書))、
と、
舞楽の時、舞人が楽屋を出て舞台に上り定位置に着くまで奏でられる楽、
の意、能では、
相生、道行「たかさごの地につきにけり」、是よいふし也(「禅鳳雑談(1513頃)」)、
と、
ワキが見物・参詣などの目的地につくまでの経過を謡うもの、
の意、狂言では、
みちゆきは、前の山ぶしのごとく(虎明本狂言「柿山伏(室町末」)、
と、
原則として名のりの後に独白、また、会話をしながら舞台を一巡し、目的地へ向かうことを示す部分、
の意、軍記物・謡曲・浄瑠璃などでは、
皆人のと曾我の道行をかたり出す(浮世草子「好色五人女(1686))」、
と、
たどり行く道すじの地名や光景・旅情を述べた韻文、
の意、縁語、序詞、掛詞などを用いた技巧的な文章で、七五調が多い。浄瑠璃・歌舞伎などでは、
心うれしく道行をして行き、ここそよき最期場と(「江戸生艶気樺焼」)、
と、
舞踊で表現される相愛の男女の駆け落ち、情死行などの場面、
の意で、それが転じて一般に、
男女が連れ立って歩くこと、
の意となる(岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。こうした背景から、
道行斗言はず共、入こと斗申せ(浄瑠璃「傾城反魂香(1708頃)」)、
と、
そこに至るまでの経過、
手続、
また、
前おき、
の意でも使う(仝上)。
(道行 精選版日本国語大辞典より)
なお、
道行、
には、
和服用外套の一種、
を指し、防寒とちり除けのため多く旅行者が用いたところからその名がある。形は、
被風(ひふ)に似ているが、衿は細身に、小衿は角形に作ったもの、
とある(精選版日本国語大辞典)が、
婦女の服、
で、
雨衣の類、
ともある(大言海)。
(被風 精選版日本国語大辞典より)
ちなみに、
被風(ひふ)、
は、
披風、
被布、
とも当て、
着物の上に着る、羽織に似た外衣。男女ともに用いる。衽(おくみ 前身頃を十分打ち合わせるために左右の端に縫い付ける別布)が深く、丸襟(まるえり)で、胸のところで左右を深く合わせて組紐くみひもでとめる。江戸時代は茶人・俳人などが着たが、明治時代以後は変形して主に女性の和装用コートとなった、
とある(デジタル大辞泉・精選版日本国語大辞典)。
(「道」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%93より)
(「道」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%93より)
(「道」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%93より)
「道」(漢音トウ、呉音ドウ)の異体字は、
噵、衜(同字)、衟(古字)、辺(二簡字/別字衝突)、𨕥(古字)、𨖁(古字)、
とある(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%93)。字源は、「六道四生」で触れたように、
会意形声説。「辵」(足の動きを意味する)+音符「首」(古くは同系統の音とする)で、ある方向を向いた道を表わす(藤堂明保)、
と、
会意説。魔除に他部族の首を刎はね、供えた(白川静)、
と、説がわかれる(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%93)。
会意兼形声。「辶(足の動作)+音符首」で、首(あたま)を向けて進みゆくみち。また迪(テキ みち)と同系と考えると、一点から出て延びていくみち(漢字源)、
会意形声。辵と、首(シウ)→(タウ かしら。先導する者)とから成る。目的地までみちびく意を表す。「導(タウ)」の原字。一説に、会意で、邪気をはらうために、生首を持って行進する意を表すという。転じて「みち」の意に用いる(角川新字源)、
は、会意兼形声文字説、
会意。首(しゆ)+辵(ちやく)。古文は首と寸とに従い、首を携える形。異族の首を携えて除道を行う意で、導く意。祓除を終えたところを道という。〔説文〕二下に「行く所の道なり」とし、会意とするが、首に従う意について説くところがない。(途)は余(はり)を刺して除道すること、路は神を降格して除道すること。道路はまた邪霊のゆくところであるから、すべて除道をする。その方法を術という。術は呪霊をもつ獣(朮(じゆつ))によって祓う意で、邑中の道をまた術という。そのような呪法の体系を道術という(字通)
は、会意文字説ながら、字源の解釈は、前者になる。
会意兼形声文字です。(行+首)。「十字路」の象形(「行く、みち」の意味)と「目と髪を強調した頭」の象形(「首」の意味)から、異民族の首を埋めた清められた「みち」を意味する「道」という漢字が成り立ちました、
とある(https://okjiten.jp/kanji216.html)のは、後者になる。しかし、後者について、
形声。「辵」+音符「首 /*LU/」「みち」を意味する漢語{道 /*luuʔ/}を表す字、
と、形声文字とした上で、後者について、
金文にある「行」+「首」+「又」の字体を根拠にして「異族の首を携えて祓い清めたところ」を指すという説(白川静『新訂 字統』)があるが、「首」を「舀 /*LU/」と入れ替えた異体字の存在や字音が示す通り「首」は形声文字の音符であるため「首」という文字の意味とは関係がなく、さらに「又」は「止 (人の足)」の崩れた形に由来するため「又」という文字の意味とも関係がなく、誤った解釈である(劉釗 『古文字構形学』)、
と、否定している(https://ja.wiktionary.org/wiki/%E9%81%93)。
参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫)Kindle版)
ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95
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