花ぐはし


花ぐはし葦垣(あしかき)越(こ)しにただ一目相見(あひみ)し児ゆゑ千(ち)たび嘆きつ(万葉集)

の、

花ぐはし、

は、

花の霊妙な、

の意で、

葦垣の枕詞、

とし、

葦垣越しにたった一目見た、

と訳す(伊藤博訳注『新版万葉集』)

花ぐはし、

は、

花細し、

とあて、

花が美しいのでの意で、冒頭の歌や、

波那具波辞(ハナグハシ)桜の愛(め)で如此(こと)愛(め)でば早(はや)くは愛(め)でず我が愛づる子ら(日本書紀)、

と、

桜、葦(あし)、

にかかる枕詞として使われる(広辞苑・学研全訳古語辞典・デジタル大辞泉・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典)。

くはし、

は、

賞美するなり、

とする(大言海)。ただ、上の「日本書紀」の例は、枕詞とは見ない説も多いともある(精選版日本国語大辞典)。

くはし

は、

(しく)・しから/しく・しかり/し/しき・しかる/しけれ/しかれ、

と、形容詞シク活用で、

細し、
美し、
麗し、
妙し、
微妙し、
精細し、

などとあて(広辞苑・岩波古語辞典・精選版日本国語大辞典・大言海)、

くすはしの中略(奇(くす)し、くし。多(ふすさ)に、ふさに)(大言海)、
朝鮮語kop(美・細)と同源(岩波古語辞典)、

などともあるが、

こまやかで美しい、
すぐれて美しい、
精妙である、
うるわしい、
妙(たへ)なり、

等々の意である(仝上)。ただ、

隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)の山はあやに于羅虞波斯(ウラグハシ)あやに于羅虞波斯(ウラグハシ)(日本書紀)、

の、

うらぐはし(心麗・心細 「うら」は「こころ」の意、心にしみて美しい、こまやかで美しい)、

下(しも)つ毛野(つけ)の美可母(みかも 三毳)の山の小楢(こなら)のす麻具波思(マグハシ)子ろは誰(た)が笥(け)か持たむ(万葉集)、

の、

まぐはし(目細 目にもさやかな)、

蒜(ひる)摘みに我が行く道の迦具波斯(カグハシ)花橘は(古事記)、
見まく欲(ほ)り思ひしなへに蘰(かづら)懸け香具波之(カグハシ)君を相(あひ)見つるかも(万葉集)、

の、

かぐはし(芳・香・馨 名詞「か(香)」に、すぐれている意の形容詞「くはし」が付いてできたもの)、

等々、用法は、

単独では少なく、「うらぐはし」「まぐはし」「かぐはし」など、複合形容詞として多く用いられる、

とある(精選版日本国語大辞典)。もともと、

未だ曾(かつ)て是の如く微妙(クハシキ)法(のり)を聞くこと得ず(日本書紀)、
忍坂(おさか)の山は走出(はしりで)のよろしき山の出立(いでたち)の妙(くはしき)山ぞ(万葉集)、

と、

くはしいも(細し妹・美し妹)、
くはしほこのちだるくに(細戈千足國)、
くはしめ(細し女・美し女・麗し女)、

等々、古くは、

ウラグハシ・マグハシなど多く複合語として使われ、朝日・夕日・山・湖・花・女など主として自然の造花物体の美しさを表現した(岩波古語辞典)、

が、次第に、

小楢(こなら)・青柳の枝などの精細な美を強調するようになり、平安時代以後は、事柄・様子など詳細であることをいうようになった、

などとあり、その意が転じて、類聚名義抄(11~12世紀)に、

委、子細、クハシ、
委、細・曲・精・熟、クハシ、學ニクハシ、藝ニクハシ、

色葉字類抄(1177~81)に、

委曲・委細・細砕、クハシ、

などとあるように、

委し、
詳し、
細し、
精し、

等々とあて、

神祇を祭祀りたまふと雖も、微細(クハシク)は未だ其の源根(もと)を探(さく)りたまはずして(日本書紀)、

と、

細かい点にまでゆきわたっているさま、
詳細である、
つまびらかである、
つぶさである、
落ちがない、

の意や、後に、類聚名義抄に、

學ニクハシ、藝ニクハシ、

とあるように、

しかれども我若年にして人情に精(クハシ)からず(談義本「風流志道軒伝(1763)」)、

と、

細部まで十分に知っているさまである、
精通しているさまである、

意でも使う(精選版日本国語大辞典・岩波古語辞典)。上代には、

「詳細」「委細」、

の意を表わす語として、

つばら、
つぶさ、

などが使われていたが、平安時代以降、

つばひらか(鎌倉時代以降は「つまびらか」になる)、

などとともに、漢文訓読の世界で用いられるようになり、和文ではもっぱら、

くはし、

を使うようになった(仝上)とある。類義語の、

こまか、

は、

事物の微細な、あるいは濃密なさまを具体的にとらえていう語で、ときに情愛や配慮といった心理に裏打ちされて使うのに対して、

くはし、

は、理解や判断にあたってくまなく十全な材料を得ている、あるいはそれを提示しているという状態を表わす、

との違いがある(仝上)。

くはし、

を、複合形容詞として用いる例としては、冒頭の歌の、

花ぐはし、

のほか、たとえば、前に挙げた、

下つ毛野三毳(美可母 みかも)の山の小楢のす麻具波思(マグハシ)子ろは誰(た)が笥(け)か持たむ(万葉集)、

の、

まぐはし(目細し)、

は、

見て美しい、麗しい、

意(精選版日本国語大辞典)、

遠遠(とほとほ)し高志(こし)の国に賢(さか)し女(め)を有りと聞かして久波志売(クハシメ)を有りと聞こして(古事記)、

の、

くはしめ(美女)、

は、

くわしいも、

ともいい、

美しい女性、美女、

の意(仝上)、

名くはしき印南(いなみ)の海の沖つ波千重に隠(かく)りぬ大和島根(やまとしまね)は(万葉集)、

の、

なぐはし(名細し)、

は、

名高い、名が立派である、

の意(デジタル大辞泉)、

隠国(こもりく)の泊瀬(はつせ)の山はあやに于羅虞波斯(ウラグハシ)あやに于羅虞波斯(ウラグハシ)(日本書紀)、

の、

うらぐはし(心細し・心麗し)、

は、「うら」は「こころ」の意で、

心に染みて趣が感じられるさま、えもいえず美しい、こまやかで美しい、

意で使う(仝上・精選版日本国語大辞典)。

「細」.gif


「細」(漢音サイ、呉音セイ)は、「ささらえをとこ」で触れたように、

会意兼形声。囟は、小児の頭にある小さなすきまの泉門を描いた象形文字。細は「糸(ほそい)+音符囟(シン・セイ)」で、小さくこまかく分離していること(漢字源)、

会意兼形声文字です。糸+田(囟)。「より糸」の象形(「糸」の意味)と、「乳児の脳の蓋(ふた)の骨が、まだつかない状態」の象形(「ひよめき(乳児の頭のはちの、ぴくぴく動く所)」の意味)から、ひよめきのように微か、糸のように「ほそい」を意味する「細」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji165.html

と、会意兼形声文字とするものもあるが、

かつて「会意形声文字」と解釈する説があったが、根拠のない憶測に基づく誤った分析であるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%B4%B0

とされ、他は、

形声。「糸」+音符「囟 /*TSIŊ/」。「ほそい」を意味する漢語{細 /*sˤe-s/}を表す字(仝上)、

形声。糸と、音符囟(シン、シ→サイ)(田は誤り変わった形)とから成る。ほそい糸、ひいて「ほそい」「こまかい」意を表す(角川新字源)、

形声。正字は囟(し)に従い、囟声。のち略して田となった。〔説文〕十三上に「𢼸(び)なり」(段注本)と訓し、囟声とする。囟は細かい網目の形。もと織り目の細かいことをいう字であったが、のち細微・微賤の意となる(字通)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大槻文彦『大言海』(冨山房)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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