じもの


面形(おもかた)の忘るとあらばあづきなく男(をとこ)じものや恋ひつつ居らむ(万葉集)

の、

面形(おもかた)の忘るとあらば、

は、

お前の顔立ちを少しでも忘れる時があったら、

の意、

と、

は、

短い時間、

とある(伊藤博訳注『新版万葉集』)。

男(をとこ)じものや、

の、

じもの、

は、

……でないかのように、

の意とし、

あづきなく男(をとこ)じものや、

を、

こんなふがいなく、男たるものが、恋いこがれてばかりいることがあろうか、

と訳す(仝上)。しかし、

じもの、

は、

自物、

とあてて(大言海)、

形容詞語尾「じ」+名詞「もの」から(デジタル大辞泉)、
「じ」は形容詞語尾の「し」と同源(広辞苑)、
ジはシク活用形容詞の語尾シと同根。……のような感じがする、……らしい恰好である、意。モノは物、複合して副詞を作る(岩波古語辞典)、
形容詞語尾「じ」に形式名詞「もの」が付いたもの(精選版日本国語大辞典)、
此の語のジは、シ・シク・シキと云ふ形容詞の活用の、濁るものにて、多くは、名詞を、形容詞に作る時のものなり、接尾語にはあらねど、衆語に通じて解かんが為に、姑(しばら)く此くのごとし。の如く。らしく。めきて。此語の属(つ)きたる語を、枕詞とする説あれど、下に動詞を修飾する副詞なり。「同じ、同じき、同じく」、「時じき、時じく」「常(とこ)じく」「我(われ)じく」「家じく」など云ふ、其の終止形を、直ちに名詞にせしむる一格あるは、「同じ事」「同(おや)じ枕」「細(くは)し戈」「空し車」「悪し状(さま)」「長長し夜」の如し、「鴨じ物」「犬じ物」、即ち、是れにて、但し、ジキ・ジクの活用は、物に表れずしてあるなり、然して、ジモノとなりて結合する時は、其の語を副詞の如くに形造る、転じては意味なく用いられたる、あり(その例に冒頭の歌を挙げている)(大言海)、

を、その由来とし、その意味は、

名詞に付いて、…のようなもの(として)、…であるもの(として)などの意を表す。連用修飾句として用いられることが多い(デジタル大辞泉)、
名詞の下に添えて、……のようなもの(として)、……であるもの(として)の意を表す、多く副詞的に用いる(広辞苑)、
「らし」「めき」など、……らしい、……の様子だと訳される接尾語には、共通して二つの意味を持つ。一つは、別のものなのに、あたかもそれらしい感じ、様子だという意味。二つは、事物が本当にそれらしい感じ、様子をしているという意味。「じもの」にもその二つの場合がある(岩波古語辞典)、
名詞に付いて、…のようなもの、…であるも(として)の意で、比喩的にいう。連用修飾句を作ることが多い(精選版日本国語大辞典)、

とされる。その用例は、上述のように、第一は、

(本来それとは違うものであるが、あたかも)……のよう(な恰好)で、

の意で(岩波古語辞典)、

世の中はかくのみならし伊奴時母能(イヌジモノ)道に伏してや命すぎなむ(万葉集)、

と、

犬じもの、

は、副詞的に用い、

犬のように。犬のごとく、

の意、一説に、

「道に伏す」にかかる枕詞とする(精選版日本国語大辞典)。

秋萩の妻どふ鹿(か)こそ独り子(ひとりご)に子持てりといへ鹿児自物(かこジもの)我(あ)が独り子の草枕旅にし行(ゆ)けば(万葉集)、

の、

鹿児(かこ・かご)自物(じもの)、

は、

鹿の子のよう(に)、

の意。鹿の子が生まれるのは一度に一頭であるところから、下に、「ひとり」「ひとり子」などを伴う修飾語として用いられる(仝上・デジタル大辞泉)。

たわや女(め)の惑(まど)ひによりて馬自物(うまジもの)綱(つな)取り付け鹿(しし)じもの弓矢囲(かく)みて大君の命(みこと)畏(かしこ)み天離(あまさかる)夷辺(ひなへ)に罷(まか)る(万葉集)、

の、

うまじもの(馬自物)、

は、

馬のよう(に)、

の意、

鹿(しし)じもの、

は、

猪(しし)じもの、

でもあり、

猪または鹿のよう(に)、

の意、ただ、

青丹よし奈良の峡(はさま)に斯斯(鹿)弐暮能(シシジモノ)水漬(みづ)く辺(ヘ)隠(ごもり)(日本書紀)、
使はしし御門(みかど)の人も白栲(しろたへ)の麻衣(あさごろも)着て埴安(はにやす)の御門の原にあかねさす日のことごと鹿自物(ししジも)のい這ひ伏しつつ(万葉集)、

と、(上述の『大言海』が否定した)枕詞として、「水漬(みづ)く」「辺ごもり」「い這ひ」「膝折り伏せ」などにかかるとする説もある(仝上)。

ひさかたの天(あま)伝ひ来る雪仕物(ゆきジもの)行き通(かよ)ひつついや常世(とこよ)まで(万葉集)、

と、

雪のようなもの、

の意で、副詞的に用いられて、雪のように、の意を表わす(仝上)。

じもの、

の用例の第二は、

(本当にそのものらしい)恰好で、

の意で、

脇ばさむ子の泣くごとに男(をとこ)じもの負いみ抱(むだ)きみ朝鳥の哭(ね)のみ泣きつつ恋ふれども(万葉集)

を、

男だというのに、

と訳し(伊藤博訳注『新版万葉集』)、

御命(おほみこと)を畏(かしこ)じもの受け賜りて(続日本紀)、

と、

(本当にそれらしい)の気持ちがして、

の意となる(岩波古語辞典)。

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「自」 甲骨文字・殷.png

(「自」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AAより)


「自」 金文・西周.png

(「自」 金文・西周 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AAより)

「自」 楚系簡帛文字.png

(「自」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AAより)


「自」 中国最古の字書『説文解字』・古文.png

(「自」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)・古文(篆書系統) https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AAより)


「自」 中国最古の字書『説文解字』・小篆.png

(「自」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)・小篆 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AAより)

「自」(漢音シ、呉音ジ)の異体字 は、

𩐍(同字)、

とありhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AA、字源は、

象形。人の鼻を描いたもの。「私が」というとき、鼻を指すので、自分の意に転用された。また出生のさい、鼻を先にしてうまれ出るし、鼻は人体の最先端にあるので、「……から起こる、……から始まる」という起点をあらわすことばとなった(漢字源)、

象形。鼻の形にかたどり、はなの意を表す。自分の鼻を指さして自分を示すことから、「みずから」の意に、借りて、助字に用いる。「はな」には、のちに鼻の字ができた(角川新字源)、

と解するが、

自分を指すのに鼻を指したことから「みずから」の意味に使われるという説があるが、これは根拠のない憶測に基づく民間俗説である。実際には音韻的類似による仮借にすぎない。ただ{鼻/*bi(k)-s/}と{自/*dzik-s/}は音韻的に離れているので、単純な仮借とは言いがたく、以下のような説がある。
「自」は、元々DZI音域で「はな」を意味する漢語{鼻}を表していたが、後に仮借して「みずから」を意味する漢語{自/*dzik-s/}を表すようになった。
一方で、「はな」を意味する漢語はDZI音域からP系統の音/*bi(k)-s/に変化した。つまり、「自」には{鼻/*bi(k)-s/}と{自/*dzik-s/}の2つの語があったが(一形多用)、その後{鼻}は音符「畀 /*PI(K)/」を付加して「鼻」字に分化したと考えられる。
「自」の上古音を*s.b-のような複合子音を用いて/*s.[b]i[t]-s/と再構し、*s.[b] i[t]-s > *zbit-s > *bzit-s > *dzit-sと音が変化したことで、{鼻/*m-bi[t]-s/}と{自/*s.[b]i[t]-s/}を諧声可能とした、

と否定されておりhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E8%87%AA

象形。人の鼻を象る。「はな」を意味する漢語{鼻/*bi(k)-s/}を表す字。のち仮借して「みずから」を意味する漢語{自 /*dzik-s/}に用いる(仝上)、

象形文字です。「鼻(はな)」の象形から転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「自己・己(おのれ)」を意味する「自」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji247.html

とある。

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「物」 甲骨文字・殷.png

(「物」 甲骨文字・殷 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%A9より)

「物」 楚系簡帛文字.png

(「物」 楚系簡帛文字(簡帛は竹簡・木簡・帛書全てを指す)・戦国時代 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%A9より)


「物」 中国最古の字書『説文解字』.png

(「物」 中国最古の字書『説文解字』(後漢・許慎)・小篆 https://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%A9より)

「物」(漢音ブツ、呉音モツ・モチ)は、

会意兼形声。勿(ブツ・モチ)とは、いろいろな布でつくった吹き流しを描いた象形文字。また水中に沈めて隠すさまともいう。はっきりと見わけられない意を含む。物は「牛+音符勿」で、色合いが定かでない牛。一定の特色がない意から、いろいろなものを表す意となる。牛は、ものの代表として選んだに過ぎない(漢字源)、

会意兼形声文字です(牜(牛)+勿)。「角のある牛」の象形と「弓の両端にはる糸をはじく」象形(「悪い物を払い清める」の意味)から、清められたいけにえの牛を意味し、それが転じて(派生して・新しい意味が分かれ出て)、「もの」を意味する「物」という漢字が成り立ちましたhttps://okjiten.jp/kanji537.html

と、会意兼形声文字とする説もあるが、他は、

形声。「牛」+音符「勿 /*MƏT/」。「雑色の牛」を意味する漢語{物 /*mət/}を表す字。のち仮借して「もの」を意味する漢語{物 /*mət/}に用いるhttps://ja.wiktionary.org/wiki/%E7%89%A9

形声。牛と、音符勿(ブツ)とから成る。毛が雑色の牛の意から、転じて、さまざまのものの意を表す(角川新字源)

形声。声符は勿(ぶつ)。〔説文〕二上に「萬物なり。牛を大物と爲す。天地の數は牽牛より起る。故に牛に從ひ、勿聲」とする。牽牛の星座を首として天地が左動するというような考えかたは、戦国期以後のものである。勿を〔説文〕九下に三游(吹き流し)の象とし、物を勿声とするが、卜辞に牛と物とを対文として用いる例があり、物とは雑色の牛、その従うところは勿ではなく勹+ノ(り)(耒(すき)、犂(すき))である。物はもと物色の意に用い、〔周礼、春官、鶏人〕「其の物を辨ず」、〔春官、保章氏〕「五雲の物を以てす」は、みな色を以て区別することをいう。それで標識の意となり、〔左伝、定十年〕「叔孫氏の甲に物有り」、〔周礼、春官、司常〕「雜帛(ざつぱく)を物と爲す」、〔儀礼、郷射礼記〕「旌(はた)には各其の物を以てす」のようにいう。物を氏族標識として用いることになって、それはやがて氏族霊を象徴するものとなった。〔周礼、秋官、司隷〕「其の物を辨ず」の〔注〕に、「物とは衣服、兵器の屬なり」とあり、それらに氏族霊を示す雑帛がつけられた。さらに拡大して万物の意となる。〔詩、大雅、烝民〕「物有れば則(のり)有り」とは、存在のうちに、存在を秩序づける原理があるとの意である。また特に霊的なもの、すなわち鬼をもいう。わが国の「もの」にも、無限定な一般の意と、「物の化」という霊的な、識られざるものの意とが含まれている(字通)、

と、形声文字としている。

参考文献;
伊藤博訳注『新版万葉集』(全四巻合本版)(角川ソフィア文庫Kindle版)
大野晋・佐竹 昭広・ 前田金五郎編『古語辞典 補訂版』(岩波書店)
前田富祺編『日本語源大辞典』(小学館)
大槻文彦『大言海』(冨山房)

ホームページ;http://ppnetwork.c.ooco.jp/index.htm
コトバの辞典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/kotoba.htm#%E7%9B%AE%E6%AC%A1
スキル事典;http://ppnetwork.c.ooco.jp/skill.htm#%E3%82%B9%E3%82%AD%E3%83%AB%E4%BA%8B%E5%85%B8
書評;http://ppnetwork.c.ooco.jp/critic3.htm#%E6%9B%B8%E8%A9%95

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